はじめに
本書のコンセプト
研修医の皆さんが胸部X線写真を見る機会が多いのは,主に救急外来,ICU,呼吸器内科ローテーション中だと思いますが,何科であれ入院する患者にはルーチンで撮影するという施設も多いでしょう.なかなか系統的に勉強する機会がなく,呼吸器や放射線科の専門医以外は読めるようで読めないのが胸部X線です.その割に初期研修が終わった頃には,何となく読めるようになった気になってしまうのが恐ろしいところです.
開業している先生にとっても胸部X線写真は鬼門のようです.もともと呼吸器内科以外を専門としていても,いざ開業すると胸部X線を撮影する機会もありますし,検診で撮影された胸部X線写真の読影依頼もあろうかと思います.私の大学の同級生の多くが開業していますが,そんな悲痛な声がよく聞こえてきます.
多くの胸部X線の教科書は異常陰影の鑑別を重視したものが多く,病気ごとに典型的な陰影が示されています.しかし,そもそも異常があるのかないのかが判断できないとそのステップには進めません.異常があるとわかれば,CTなどさらなる精査にも進めますし,研修医なら指導医や専門医に相談するという必殺技が使えます.
胸部X 線の読影で一番難しいのは,その写真が正常と言い切ることなのです.
「ウォーリーをさがせ!」という絵本では必ず一人,ウォーリーがいるという大前提で探しているので,見つかるまで探すことが可能です.いないかもしれないと言われると絵本を読む子どもたちはやる気を削がれ,すぐに飽きてしまいます.実臨床ではウォーリーがいるかどうかもわからないX線写真を限られた時間で読影し,ウォーリーがどこにいるのか,いないのかを判断しなくてはなりません.見つけたウォーリーが何人いるのか,どんな性格なのかを判断するのはその後です.
このため本書では,いかに正常と判断するか,異常を見落とさないか,特に日陰のようになって見えにくい部分にある陰影を見逃さない読み方「カゲヨミ」を解説していきたいと思います.異常陰影は決して隠れているわけではなく,見えているのに読めないのです.毎年ローテーションしてくる研修医の読影を見ていて思うことは,読めないところは皆同じということです.このため,あえて重要なポイントのみに絞り,各論からスタートしました.普段自分が見てもいないような場所,すなわち見逃しやすい場所を知るのが大切なのです.また,初学者がもともとオーダーすることのない側面像は省略しました.疾患名もほとんど出てきません.影があるかないかだけです.
本書は2017年4月から2018年3月まで「レジデントノート」誌に連載された内容を加筆・修正したものです.私が普段研修医の先生たちに行っているミニレクチャーを実況中継のように解説したいと思います.わかりやすさを優先しましたので,一部正確さを欠いている部分があるかもしれません.私の長年の思い込みもあるかもしれません.ぜひ率直なご意見をフィードバックいただければ幸いです.
本書が皆さんにとって胸部X線写真の読影を勉強するきっかけとなり,所見の見落としを減らす一助となることができれば存外の喜びです.
本書は大阪市立大学大学院医学研究科放射線診断学・IVR学の下野太郎先生に専門医の目線から,また東京大学大学院医学系研究科の道端伸明先生,麻生将太郎先生,森田光治良看護師には専門医ではない読者の目線で査読をいただきました.貴重なご意見をいただき感謝いたします.
2019年2月
東京都立広尾病院救命救急センター
杏林大学医学部救急医学
東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻臨床疫学・経済学
中島 幹男