はじめに
論文の書き方は,その分野のトップジャーナルに学ぶべきである.それには2つの理由がある.トップジャーナルに採択される論文は,厳しい審査を経ているだけあって,データだけでなく論理構成や英語表現なども優れたものが多い.さらに,論文には分野ごとのしきたりがあるので,各分野のトップジャーナルを見ることによってそれを学ぶことができる.
本書は,著者の一人である石井が行ったコーパス研究の結果をもとに制作された.石井は,臨床医学系のトップジャーナルであるNEJM,The Lancet,BMJ,AIMの4誌に2013〜2014年に掲載された論文のうち,インパクトの高いものをそれぞれ約100編ずつ,395編を集めてコーパス(データベース)を作成した.医学英語論文は,①Introduction,②Methods,③Results,and④Discussionの4つのセクションから構成されるもの(IMRaD型)が多いが,コーパスを作成する際にそれらのセクションをさらに2〜4の部分,合計12のパート(Move)に分解した.このようにして作成されたMove別コーパスを相互に比較すると,各Moveに特徴的な単語を抽出できる.石井は,各Moveで最も代表的な単語1つについて用法を分析し,多数のMove特異的な表現を抽出した.本書を作成するにあたっては,河本がその分析をさらに深めてMoveごとに注目されるキーワードを選定し,それを含む重要な頻出表現をさまざまな観点から抽出し直した.本書には2つの特徴がある.1つはトップジャーナルの優れた英語表現の「型」が身につくことである.本書ではできるだけ具体的な情報を掲載することをめざしており,抽出されたさまざまな単語の特徴的用法が,例文とともに収録されている.
もう1つはMoveという論文の「型」が身につくことである.論文のIMRaD型は研究者ならだれもが知っているものであるが,Moveは多くの読者のみなさんにとって目新しい概念であろう.しかし,論文のそれぞれの部分に,特有な決まった表現,つまり型があるという話には納得していただけるのではないだろうか.Moveはテンプレートといえるほど定型的なものではないが,きちんと理解していれば論文執筆が大いに楽になるものである.
本書のメインであるPart2では,Moveの型をつくるための多数の定型表現の型が示してある.それを活用するためには,論文の展開方法やおのおののパラグラフを構成する型を知ることが必要である.Part1では,まず論文のそれぞれのセクション・Moveを書く際に,どのような意図をもってどのような流れをつくっていくのかについてまとめてある.
論文を書くためには,普段から何が必要かを意識して考え,論文を読む際には必要な情報を収集していくことが大切である.本書の内容に従って,実際に自分が書きたいものと似たパターンの論文を解析し,ストーリーの組み立て方や特徴的な表現に対する理解を深めるようにすることをお勧めしたい.
本書には,多数の具体的でありながらも汎用的な情報が含まれている.論文をはじめて書く初心者だけでなく,スキルアップしたいベテラン研究者にも,是非,活用していただきたい.
2018年2月
河本 健