この本はEBM(evidence based medicine)に基づいた内容だけで書き上げた本ではありません。1990年頃を中心に行った基礎的な研究と,その後,多くの肩関節に悩む患者さん一人一人の治療を通して得られた情報を基に書いたPBM(patient based medicine)に基づいた内容の本です。
2004年10月に『投球障害肩 こう診てこう治せ』という当時としては誰もつけなかったタイトルと表紙のデザインで初版(第1版)を発行させていただきました。治療するためにどのようにして「組織損傷に至ったストーリーを構築」し「そのストーリーを変える」ために我々のもっている知識・技術をどう提供するかについてまとめた第1版を基に,その後12年間の経験を加え,牛島和彦氏にも参加してもらい,再度まとめたのが本書です。
1974年に日本肩関節学会が研究会として世界に先駆けて発足し,1975年には日本整形外科スポーツ医学会が発足した直後の1976年に医者になって整形外科を選び,そのままさまざまないきさつから肩関節外科の世界に引きずり込まれ,多くの先輩諸氏にもみくちゃにされながらも独学で肩関節鏡を始め,最初の10年間をなんとか生きながらえてきました。肩関節鏡に多くの肩関節外科医が目を向け始めたこの時期,1985年から1年間,英国のRoyal National Orthopaedic HospitalのMr.Ian Bayleyのもとに留学し,Lipmann Kessel, Angus Wallace, Stephen Copelandなどの英国の肩関節外科医と知り合うことができ,その翌年のベルギー整形外科学会の招待講演で同席したDr.Frank W.Jobeとの話から,その後の日本での肩関節外科の研究テーマが見えてきました。帰国翌年から,同じ職場の理学療法士の山口光國君と肩関節の安定化機構の研究を開始し,肩関節運動の基本である「肩関節の安定化機構(肩関節.15:13-17,1991.)」,客観的機能診断法としての「Scapula-45撮影法の開発(肩関節:16:109-113,1992.)」,治療のコンセプトとしての「Cuff-Y exerciseの開発(肩関節:16:140-145,1992.)」の3つの柱に関する基礎研究を行い,治療法がほぼ確立した1991年,引退寸前に追い込まれていた千葉ロッテマリーンズの牛島和彦投手が偶然に来院。筒井廣明・山口光國・牛島和彦のトリオがお互いの立場を尊重しながら連日連夜にわたり議論をし,確認の研究をして,治療法の幅を論理的に拡げていきました。そして,牛島和彦氏が復帰することで多くの野球を中心とするスポーツ選手が,栗山英樹氏曰く「プロ野球選手の駆け込み寺」のごとく押し寄せ,彼らを一人一人治療することで我々もまた,治療レベルを上げるための基礎研究をがむしゃらに行ってきました。これらの歴史が,本書の根幹に流れています。
肩という,人の身体のさまざまな部位の運動機能が多大な影響を与える部位を専門にしたことで,逆に足や膝,股関節あるいは脊柱や胸郭,さらに肘・前腕・手などの部位についても,肩にどのように影響しているかを考えることで診ることができるようになりました。また,これらの部位の機能を変えることが肩の機能に影響することも数多く経験させていただき,整形外科という臨床医学の世界の素晴らしさを味わうことができました。
第1版あってこその本書であり,第1版の発刊にあたってご尽力いただいたメジカルビュー社の故三沢雄比古氏に改めて感謝するとともに,その後12年間にわたり,あらゆる学会や講演会に参加し,メモを書き留め,挫けることなくこの改訂第2版の発刊まで我々を引きずってこられた松原かおる氏には「ありがとうございます」という言葉以上のお礼の言葉は見当たりません。
小生が味わったこの40年間の楽しさを是非,読者の方々には読み解いていただきたいと思います。
2016年12月
筒井 廣明