「研修医は育てるんじゃないんだ．育つんだ」数年前，当時の院長に言われた言葉です．諏訪中央病院では，全国から初期研修医，専攻医があつまり，日々，切磋琢磨しています．各学年約5名程度の5学年（初期研修医2年＋専攻医3年）が屋根瓦方式の教育により仲良く研修している光景は，大学時代の部活動を思わせます．

諏訪中央病院では，毎日「昼カンファレンス」という症例検討会が行われます．若手医師たちが弁当を食べながら，症例検討をします．内科指導医や高学年の専攻医が順番に司会者を務め，若手医師が経験症例を1例提示し，症状や基本的身体所見からの鑑別診断を中心にディスカッションを進めていきます．このカンファレンスは笑いと感動が絶えません．皆が真剣に，時に冗談を言ったり，失敗談を語ったり，指導医から名言が飛び出したりしながら症例が論じられていきます．

それ以外にもミニカンファレンスが院内で絶えず行われます．誰かが貴重な症例を経験すると，研修医室で語りだす．すると廊下で先輩につかまり，レクチャーを受けるのです．数日以内に若手のほとんどがその症例の疾患に詳しくなっています．「○○先生のあの症例でしょ．」「なにそれ，教えて．」そんな声が絶えず聞こえてきます．同じ疾患に出会えば，皆がその疾患の専門家気取りで一発診断！という光景がしばしば見られます．

繰り返される症例ディスカッションの中で，エビデンスに基づいた臨床経験による共通基盤が形成され，集団としての臨床能力が上がっていきます．そういう楽しい雰囲気を求めて若い医師が全国から集まり，毎年新しい風が吹きます．そこに全国から招聘する院外講師が別の文化を持ち込んでくれます．

総合診療部の佐藤泰吾医師は，当院の若い医師や院外講師が出入りしている様子について，司馬遼太郎が著書「胡蝶の夢」で当時の長崎を描写した一説を思わせると言います．

「蘭人や唐人と言う異質の文化を持ち込んでいる連中が仮に居住していて，かれらが貿易に従事しているというだけで，なにやら地球を吹いている風がここにも吹いているという感じがしてしまう」（胡蝶の夢 司馬遼太郎）

私たち指導医はこの環境を必ずしも計画的に作ってきたわけではありません．13年前に研修医を病院に受け入れる決断をされた濱口實院長，その後に赴任し，昼カンファレンスを始め，若手指導を続けてきた佐藤泰吾医師の功績は大きいと思います．しかし，院長は言いました．「育てるんじゃない．育つんだ」．実際，若い医師たちは，お互いに刺激を受けながら，我々指導医の想像を超えて成長していきます．

私が10年前に諏訪中央病院に赴任し目の当たりにしてきたこの光景は，数年後には違ったものになっているかもしれない貴重なものなのではないだろうか．そんな思いから，この本を作りたいと考えました．未熟な若者ががむしゃらに過ごす研修の場で繰り広げられる症例カンファレンスが，読者の皆さんの心に響くことを期待します．

平成29年6月吉日

諏訪中央病院 循環器内科部長
若林 禎正