序
あなたが臨床において,膝に障害がある患者様に接した時
「自信を持って治療ができていますか?」
そして
「その治療は正しい方法で行えていますか?」
自信を持って「YES」と答えることができるセラピストが何人いるだろうか?
たとえば膝のROM制限がある場合,可動域を広げるためにエクササイズを行うが,うまく改善できないことも多いかと思う.また,痛みが生じた場合「このまま続けるべきだろうか?」と戸惑うことも多いかもしれない.
これは筋力エクササイズも同様である.大腿四頭筋の筋力エクササイズを行っていて,痛みが生じた場合,すぐに中止したりしていないだろうか?実は痛みが出ていても,エクササイズを続けてよい場合と中止しなければいけない場合がある.その判断ができているだろうか?
また,膝を治療しているとき,膝にばかり目を向けていることはないだろうか?ROMエクササイズも筋力エクササイズも,股関節や足関節の位置が適切なポジションを取っていなければ,膝の機能は改善せず臨床結果が伴わないことは多くみられる.
私自身は臨床1年目からかなり多くの症例を経験してきた.その中でも,特に膝を中心とした下肢のスポーツ整形外科疾患を専門的に診せていただき,そして多くの症例を診ることで「この疾患はこういう傾向がある」とか「こうすれば治っていく」などの経験則を学んでいった.
このようにあまり勉強もせず,ただひたすらに臨床だけをやってきて,生意気にも「自分が一番患者数を診ている.自分が一番治せる」などと考えていた井の中の蛙だった時代もあった.しかし,臨床から得られる経験則だけでは治らない症例を経験することが増えてきた.そんな時に出会ったのが機能解剖学という考え方である.この考え方を知ることができて,今までの臨床経験での知識が学問としてまとまってきた.つまり今まで,「このようにすれば何となく治ってきた」ということが,「このような原因がありこれを治療することにより治っている」というふうに理解し,説明できるようになったのである.こうして自分の臨床力は格段に飛躍してきたと感じている.
しかしながら,実際に臨床を行うことが最も重要であり,臨床で培った感覚や技術は机上の空論には絶対に劣らない,という考えに変わりはない.本書の企画をいただいたときに,最初から教科書を書くつもりはなかった.膝に関する教科書的な本は諸先輩方が数多く執筆されており,私が教科書を書いてもあまり意味はない.本書の中にはエビデンスのないことも書いてあるが,私はエビデンスだけが大事だとは決して思わない.もちろんエビデンスは重要なことであるが,エビデンスだけでは患者は治らない.感覚的・主観的な治療技術が,プロフェッショナルとして極めて大事だと考えている.頭でっかちで,いざ患者を目の前にして何もできないというのは全く意味がない.それよりも,機序はよくわからないが治療すると痛みが良くなっていくというほうが,患者は何倍も幸せになると考えている.このように教科書ではわからない,臨床でしかみえないことが多々あるのが現実であり,この部分を本書の中で伝えていきたいと考えている.
また本書にはスペシャルテストと運動療法に関して,相反する事項である「コツ」と「ピットフォール(落とし穴)」について書いている.たとえば同じ治療である,膝のROMエクササイズを行っても,私とほかのセラピストではその臨床結果に差が出てくる.なぜならそれは,見た目には同じ方法でやっているのだが,細かい「コツ」のようなものがあるからだ.この小さな差が積み重なることにより,臨床結果に大きな差が生じる.また,他の病院からの紹介で患者を診ることが多々あるが,私は必ずその病院でどのようなリハビリをやってきたのかを細かく聴く.そしてそのあとに,私の説明したやり方でエクササイズを行ってもらう.すると短時間で良好な結果が出てくる.これによって自分の治療の有効性を確認し,治療の「コツ」を蓄積してきたのである.このように,エクササイズの「コツ」と「ピットフォール」を理解することでも,患者を正しい方向へ導くことができて,自分自身も治療のスキルを向上できるのである.
現時点(2018年12月)でACL再建術の症例を3,000例以上,半月板縫合術・切除術の症例を1,000例以上,その他MCL・LCL・PCLの修復や再建術,膝蓋骨脱臼,膝蓋腱断裂,膝関節周囲の骨折などさまざまな症例を担当させていただき,オリンピック・プロレベルから趣味レベルまでさまざまなスポーツ復帰に携わってきた.そして,その経験の中で知り得た知識や技術を中心に本書を執筆した.教科書には決して載っていない,細かい「コツ」を大切にし,臨床に即した内容になっている.是非とも参考にしていただき,臨床で試し,忌憚のないご意見をいただければ幸いである.
最後に本書の発刊にあたり,怠け者の私を根気強くサポートいただいた文光堂の中村晴彦氏,臨床業務の忙しい中,図のモデルや文章の校正に協力していただいた,田中龍太先生(関東労災病院中央リハビリテーション部)と志田峻哉先生(関東労災病院中央リハビリテーション部)に感謝を申し上げます.
2018年12月 今屋 健