はじめに

「その結果をカイ二乗検定で検定してください．」......カイ二乗？　当時，統計学などほとんど知らなかった私は，なんとか調べて解析を終え，後日，教授に結果を知らせに行きました．解析方法がよくわからなくて少々時間がかかったことなど話すと，「遅かったですね．別に新しい統計方法を開発するわけではないのだから......」といわれてしまいました．

本書を手にしようとする皆さんは，ほとんど統計学について知らないけれども，データ解析したり論文を読んだりするために，これから統計学を勉強する必要のある人や，もうすでに数冊読んでいるけれど，どうもしっくりこないで，別の本を探しているときに本書に出会った人かもしれません．多くの人は私のように統計学のユーザーであり，基礎的な統計学を理解し，妥当な解析手法を自ら選んで，データ解析をできるようになることを目的としていると思います．本書はそのような人たちの理解の手助けになれば，という思いで書かれています．私（柳澤）は米コロンビア大学公衆衛生大学院生物統計学科に留学する機会を得て，統計学の基礎を勉強することができました．もともと統計学の知識はほとんどなく，授業内容を録音し，なんども聞き直して勉強したのを今でも覚えています．本書の内容は，そのとき勉強したことなども含めて，これまでの経験をもとに，はじめて統計学を学ぶ人がつまずきやすい内容についても丁寧に書きました．

本書は全体で13章からなり，第1章から第4章までは，記述統計や確率変数，統計的推測，仮説検定の考え方といった，統計学の基本が書いてあります．検定の使い方を早く知りたいと思っている人も，じっくり読んで考え方を身につけて頂きたいと思います．第5章からはt検定や分散分析など，皆さんが実際にデータ解析で使う具体的な手法について簡単な例を使って説明しています．例を見ながらひとつひとつ，どのように検定統計量やp 値が計算され，統計的仮説が判定されるのか理解しましょう．また，本書の読者は医療系の人を想定しているので，医療統計でよく使われるリスク比とオッズ比（第10章）や共分散分析（第12章）の章を加えました．また，サンプルサイズの計算方法（第13章）も最後の章に加え，その考え方や具体的な計算方法を説明しました．臨床試験を計画する際にはサンプルサイズの計算が必要となるので，ぜひ本書を役立ててほしいと思います．

共著者の西﨑祐史氏は，日々の臨床を通じて疑問に感じたこと（ClinicalQuestion）をデータ解析を通じて明らかにしていく過程で，生物統計学の重要性に気づき，公衆衛生学大学院（School of Public Health）に進学し生物統計学の基礎を学びました．同氏は，これからの時代は，臨床研究を実践するうえで，生物統計家と臨床医のコラボレーションが欠かせないと感じており，本書の執筆（臨床的内容のサポート）に至りました．本書を執筆するにあたり，順天堂大学医学部循環器内科 代田浩之教授に監修して頂きました．本書は臨床医と研究者が執筆するという面白い本だと思いますが，われわれが出会うきっかけを作っていただいたのは，代田教授でした．また，総合医学社の方々の編集作業により，図表やイラストを入れて頂き，本書を完成させることができました．本書の作成に関わった皆さんに深く感謝致します．

まだまだ成長過程の2人が執筆した内容ですが，できるかぎりわかりやすく，かつ臨床的なエッセンスを散りばめて書いたつもりです．本書の内容に関してなにかありましたら，ご指摘頂けるとありがたく存じます．本書が医療に携わる皆さんの手にわたり，皆さんと一緒に勉強していき，共に発展することができれば幸いです．

平成28年2月吉日

柳澤尚武