胃癌は,日本では悪性腫瘍の中で第3位の死亡者数であり,年間約13万人が罹患し,約5万人が命を落としている.しかし,胃癌は早期発見により,根治できる癌でもあり,Stage Ⅰの5年生存率は95%以上である.しかも,内視鏡で治癒切除できれば,外科的な胃切除と違いQOLは術前となんら変わらない.早期発見,早期治療すれば,予後良好かつQOLも保たれる癌といえる.一方,進行した状態で見つかった場合は予後不良であり,Stage Ⅳの5年生存率は10%以下になる.進行胃癌の患者さんに関わり,"もっと早く見つけることができれば"と思ったことは何度あっただろう.
日本における胃癌の対策型検診としては古くから胃X線検診が行われていたが,2015年に出された国立がん研究センターの「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン2014年度版」では,胃内視鏡検診も「胃がん死亡率減少効果を示す相応の証拠があり,対策型検診及び任意型検診に推奨する」との判断が示された.それを受けて厚生労働省は2016年に「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」を改正し,胃がん検診の検査項目は「胃部X線検査又は胃内視鏡検査とする」と通達した.われわれ胃癌診療に携わる者の立場からすると,胃内視鏡検診の導入は少し遅かったのではとの感は否めない.いずれにしろ,今後胃癌の対策型検診はX線検診から胃内視鏡検診にシフトしていくことは明白であり,胃内視鏡検診の需要はますます大きくなってくる.
一方で,胃内視鏡検査に関しては,医師の技量の差があることが問題となっている.がん研有明病院でも消化器内科の後期研修を終えた医師が,内視鏡の研修のため毎年入局してくる.一通り内視鏡の技術は身に付けているが,古株のスタッフと比べて明らかに癌の発見率に差がある.これは慢性胃炎を背景とした胃癌の診断はそれだけ奥が深く,難しいものであることを示している.背景粘膜は萎縮,腸上皮化生により粘膜は凹凸を呈し,色調も発赤,褪色など多彩な所見をとり,その中に隠れている胃癌も教科書的な典型像ばかりではなく,一つたりとも同じものはない.
消化器内視鏡に関しては多くの書籍が出版されており,近年はNBIなどのIEE(image enhanced endoscopy)と拡大内視鏡などの最先端領域を対象とした書籍がはやりである.確かに,NBI拡大観察は胃炎と胃癌の鑑別のような質的診断には大きな力を発揮する.しかし,慢性胃炎の領域すべてをNBI拡大観察するには,検査時間がいくらあっても足りない.胃癌診療は,通常観察および色素散布での癌の発見から始まる.この一番の基本である,胃癌の通常観察での拾い上げに特化した書籍はこれまでほとんどなかった.
2015年6月~2016年5月まで,日本メディカルセンター刊行の月刊誌『臨牀消化器内科』で"胃癌を探せ!"という連載を書かせてもらった.これは,通常観察での胃癌の拾い上げをテーマにした問題形式の胃癌アトラスである.幸いにも,知り合いの先生方からは良い評価をいただき,書籍化させてもらう運びとなった.書籍化に当たり,問題の症例数を大幅に増加させ,さらに総論として"正常な胃粘膜と胃炎""胃癌の分類と臨床的特徴""胃癌の見つけ方"を追加し,胃癌の発見に必要な基本的な知識について解説した.また,今後増加するであろう,H.pylori未感染胃癌,胃底腺型胃癌についてもページを割いた.すべての項を通して画像をできるだけ多く取り入れ,100病変を超す胃癌・胃腺腫の画像を掲載し,初学者でもわかりやすいような詳しい解説を心がけた.
問題形式の項では,発見時の内視鏡画像を使用することにこだわった.これは生検後では,生検瘢痕,再生上皮などによって形や色調が変わり,病変が修飾されてしまうからである.精査と違い,多くの写真が撮られておらず,またNBI拡大の画像もない症例も多いが,病変の拾い上げを主眼に置いた書籍であるということで,ご容赦いただきたい.
本書が,胃癌の内視鏡診療に関わる医師に広く読まれ,ひいては,多くの胃癌が治癒可能な状態(できれば内視鏡的切除ができる状態)で見つかり,多くの患者さんが救われることを心から願ってやまない.
2016年10月
がん研有明病院上部消化管内科 平澤 俊明
同病理部 河内 洋