透析低血圧,難治性高血圧,肺水腫などの体液量異常は,透析医療従事者が頻繁に遭遇する合併症である.それにもかかわらず,これらの合併症のメカニズムは必ずしも明らかではなく,またその発生を予知するのも困難である.その大きな理由の一つは,これらの合併症の病態の中心をなす細胞外液量や細胞内液量などの体液量の過不足を臨床の場で定量的に知ることができないことだろう.
バイオインピーダンス法に基づく体液組成測定装置を用いれば,臨床の場でいつでも患者の細胞外液量や細胞内液量などの体液量を測定することができる.しかし,この方法では,これらの体液量をすべての患者において頻回に測定することはできない.
バイオインピーダンス法の開発からおおよそ半世紀も遅れて,筆者はようやく,透析前後の血清尿素濃度と血清尿酸濃度から,バイオインピーダンス法と同じ精度で細胞外液量や細胞内液量を算出する方法を発見した(尿素/尿酸法).この方法によれば,定期採血検査の結果から,毎月,自動的に全患者の細胞外液量や細胞内液量などの体液量を知ることができる.
いずれにしても,臨床の場で,このように透析患者の体液量を知ることができるようになったのであるから,その次のステップは,透析患者の溢水や脱水などの体液量異常の是正,つまり適正なドライウェイトの設定にこれらのパラメータを活用することである.そのためには,透析低血圧,難治性高血圧,そして肺水腫などの体液量異常のメカニズムを理解しておくことが必要である.
そこで,定期採血検査の結果から細胞外液量と細胞内液量,筋肉量と脂肪量などを算出するソフトウエアが発売になったことを機に,今回,透析患者の体液量異常に関する本を書いてみることにした.本書が,透析医療従事者が透析患者の体液量異常の病態を理解する際の一助となり,また臨床の場で検査結果の一つとして細胞外液量や細胞内液量などの体液量を活用する契機となれば幸いである.
本書では,まず第1 章で,細胞外液量との関係において,末梢浮腫,肺水腫,難治性高血圧,透析低血圧について記載する.そして,第2 章では,細胞内液量から算出される筋肉量とそれに反映される栄養障害について考察する.そして最後に,第3 章で,バイオインピーダンス法の原理と尿素/尿酸法の原理を説明するとともに,それぞれの方法で求めた諸パラメータの精度を考察する.
本書では,記載内容の根拠を示すために文献を多く引用した.これらの引用文献のほとんどが英語の文献であることについて,少しの言い訳を許していただきたい.外国の研究者は当然として,日本の研究者も研究結果のほとんどを英文で発表している.したがって,どうしても引用するのが英語の文献に偏ってしまう.
本書は,たとえ複雑で理解しにくい内容であっても,これを単純化せず,むしろ複雑なまま,しかしより詳しく説明するように試みた.したがって,場合によっては読者にとって,読みづらい書物になってしまったかもしれない.この点については,どうかお許しいただきたい.
2021年2月
大幸医工学研究所 主任研究員
新里 高弘