序文
時代が変わり,社会的な課題も変化し,私たちに求められることも多様化・複雑化しています.こうしたなか,人間関係を築くうえで求められることも大きく変化しています.医療機関における人間関係は,患者・患者家族との関係,他職種との関係,上司や同僚,部下や後輩との関係など,縦にも横にも広がる関係といえます.特に,多職種連携が求められ,専門性の異なるスペシャリストどうしが円滑な関係を築くことは,現代の医療現場では必要不可欠です.
本書では,主にメディカルスタッフやメディカルスタッフを目指す人々を対象に,人間関係をよりよく理解することを目指し,臨床心理学や社会心理学,またその周辺領域における基礎的な知識・理論をまとめました.医療系教育機関における「人間関係論」などの科目のほか,院内研修や勉強会などでの使用を想定した,全15章で構成されています.内容は,人間の理解を促進するもの(対人認知やパーソナリティの理解,感情や葛藤・欲求不満,モティベーションの理解など)やコミュニケーションの理解を促進するもの(コミュニケーションのチャネルや援助行動,ソーシャルサポートなど),集団・組織をよりよく成長させるもの(ストレスやカウンセリング,リーダーシップやコーチングなど)など多岐に渡りますが,臨床現場において知っておきたい知識・理論を凝縮し,紹介しています.
また,学んだ内容を外在化し,より深い理解を促すため,各章末にワークを設けました.講義や研修などでは60分程度のレクチャーの後に15〜30分程度,自己学習では各章を通読した後に,ワークを用いた学習をすることを想定しています.ワークを通じて,本書の内容を楽しく,また身近なこととして吸収していただければ幸いです.
本書で紹介する知識や理論は,一般的なものも多分に含みますが,医療現場における幅広く複雑な人間関係を考えるうえで役立つものです.人間そのものを十分に理解し,また人間の交流を理解し,人間が存在する環境を理解することで,メディカルスタッフとして“よりよく生きる”ための土台づくりができることを願っております.また,毎日忙しく勉強や仕事に取り組むなかで,いろいろな課題に直面したとき,ぜひ,客観性・一般性をもった先人たちの知恵(本書で紹介するような各種研究成果や実践的知見)を借りてください.課題解決におおいに役立つと思います.さて,2020 年6 月にはパワハラ防止法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)が施行されました.こうした法律は,医療機関に限らず,あらゆる労働者の労働環境やメンタルヘルスを守るものといえますが,こうした法律をつくる必要に迫られている現実をみると,職場の人間関係やストレスの問題など,これからも改善・解決を促す必要があることを強く認識せざるを得ません.筆者は医療機関で職員相談を担当していますが,そこにはメンタルヘルスの不調や人間関係の問題,部下のマネジメントの問題など,さまざまな困りごとが持ち込まれます.しかし,パワハラなどをはじめとするハラスメントに関する訴えは,いざ退職を決意したときに意を決して申し出るケースや,誰にも伝えられずに,状況的にも心理的・身体的にも重篤になってはじめて申し出るケースなど,積極的に訴えることができないもののようにも感じます.ハラスメントの問題は,一言で表現することができない組織と個人の問題が複雑に絡み合っており,ここでも人間関係を理解すること,調整することが求められます.
2020 年3 月にWHO から新型コロナウイルス感染症のパンデミックが宣言されて1年,私たちの生活様式も大きく変化し,医療機関やメディカルスタッフに求められる要求もこれまで以上のものとなっています.冒頭で「人間関係を築くうえで求められることも大きく変化する」と述べましたが,変化しないこともたくさんあります.それは,「思いやり」や「純粋さ」なのではないでしょうか.他者と自身を大切に想い,バイアスをかけることなく自然で純粋な関係性は,今も昔も変わらず大切な要素なのだと思います.
最後になりましたが,南山堂の松村みどりさんには大変お世話になりました.「メディカルスタッフの人間関係」というテーマにご賛同いただき,たくさんのアドバイスをいただいたことを深くお礼申し上げます.
毎日の生活が,私たちにとって素敵なものになりますように.
2020年3月
著者を代表して 山蔦圭輔