はじめに 「薬局OTC」への思い
私が子どもの頃は、かぜを引いたり口内炎が痛むといったときは、商店街の一角にある「街の薬局」にまず行き、顔見知りの薬剤師さんに相談しながら、市販薬(OTC薬)を購入していました。OTC薬は、地域住民と薬局薬剤師をつなぐコミニュケーションツールの1つだったように思いますし、近所の人に頼られている薬剤師さんへの憧れは、私が薬剤師を志した大きなきっかけとなりました。
しかし、いざ薬剤師になってみると、幼少期の記憶にあったような薬局の姿を見ることは少なくなりました。現在の薬局は、処方箋調剤を主に取り扱い、OTC薬はほとんど置いていない薬局(いわゆる調剤薬局)と、OTC薬をはじめ雑貨や食品など幅広い商品を取り扱うドラッグストアに大別されます。処方箋調剤と同じくらいOTC薬の取り扱いに力を入れているという調剤薬局は決して多くはないでしょう。「調剤薬局は、処方箋がなければ入りにくい」「ドラッグストアは会計を待っている人も多く、薬や体調についてゆっくり相談しづらい」といった利用者の声もあり、薬局を“街の保健室”のように思ってくれる人も減ってしまったのではないかと思います。
近年は、疾患発症前からの健康の維持・増進に寄与するため、健康サポート薬局の推進などの政策も行われており、そこでもOTC薬を含めた薬の相談に対応できることが薬局に求められています。しかし、処方箋調剤のかたわら、膨大なOTC薬の中からどの商品を選んで薬局に置けばよいのか分からない、何となく在庫してみたけれど売れない(売れないからOTC薬を取り扱う意味を見出せない)、かかりつけの患者や来局者からOTC薬について相談されたとき、自信を持って答えられない――そういった薬局薬剤師の声をよく聞きます。
しかし本来、薬局の持つ次のような強みはOTC薬の販売にも有利に生かせると、私は確信しています。
・疾患を持つ人が多く訪れる
・基本的に薬剤師が相談に対応する
・薬剤服用歴(薬歴)やお薬手帳を活用しやすい
・かかりつけ薬局・かかりつけ薬剤師として日ごろからの信頼がある
これを踏まえて、薬局で取り扱うのに適切だと考えられるOTC薬を、「薬局OTC」と名付けました。本書では、薬局OTC として何をそろえるかという考え方をはじめ、これまでの現場経験を基に、症状に応じて薦める商品、疾患のある人にも薦められる商品などを紹介します。薬局では、スペースや在庫管理の都合で、ドラッグストアのようにOTC薬を豊富に取りそろえることが現実的でないため、最小限の種類数で最大限の対応ができるよう絞り込みました。
OTC薬の選択・販売の流れでは、様々な症状で市販薬での対応を求めて来局する人に、受診すべきかどうか確認するポイント、OTC薬を選択する考え方を、事例を交えながらお伝えします。薬剤師がOTC薬に関して相談を受けたり、処方監査をする際などにも役立つ内容を目指しました。例えば、高血圧患者への服薬指導の時に「かぜを引いたときは市販のかぜ薬を服用してもよいか」と聞かれたとき、主治医への相談が前提とはいえ、「病院で相談してみてください」と伝えるだけではあまりに不親切です。こうしたとき、「市販の総合感冒薬の一部に含まれるエフェドリンなどの交感神経興奮成分は、高血圧の方には注意する必要があります。もしどうしても服用したいときは、それらを含まない商品の方が安心です」と提案するなど、具体的に助言・対応できるようになることを本書では目指しています。
実際、OTC薬の相談に乗った来局者が、その後処方箋を持参してくれるようになったことを私は経験しています。「受診するほどではないが、急な症状で困っているとき、薬剤師が自分の症状に合うOTC薬を薦めてくれたらありがたい」「日ごろ、処方箋薬を受け取っているなじみの薬局・薬剤師が、OTC薬の相談にも乗ってくれるなら頼りたい」などと思っている人は少なくありません。
本書により、薬局薬剤師だけでなく、OTC薬について学びたいという薬学生や、ドラッグストアなどで活躍する医薬品登録販売者には、本書で提案する成分ベースで選ぶ考え方を知ってもらうことで、さらに来局者に頼られる存在となっていただければと思っています。何かあれば「薬局で相談しよう」といったように、薬局が地域住民にとっての医療のファーストアクセスの場となり、薬剤師がセルフメディケーション推進の中核を担う存在として大活躍することが、私の願いであり、この本がその一助になることを期待しています。
最後に、本書の執筆に当たり協力してくださった皆様、および編集を担当してくださった日経DI編集部の黒原由紀さんに深謝いたします。
2021年6月
鈴木 伸悟