序
ドリル!
2019 年秋の表参道で,書肆(しょし) の西條早絢さんからこの書名を伺い,暫しその懐かしい言葉の余韻に浸りました.
―なんと蠱惑的(こわくてき)なタイトルか.
そう思ったのは,与えられた短冊型の算数ドリルを,未習の単元も構わずゴリゴリ押し進めていた往年の快楽の記憶が甦ったからかも知れません.
教わっていない問題を先走って解いても担任の先生から褒められたという覚えはないので,学習行為自体の面白さを感じていたのでしょう.
そのことを思い出しながら本書の編纂(へんさん)にあたり,読者諸賢が楽しさを味わいつつ本書を通読された時に,自ずと皮膚診療の力が涵養(かんよう)されているよう意を尽くしたつもりです.できれば算数ドリルのように繰り返し演習していただければ,一層の効果が期待できるでしょう.
■「皮膚診療」という言葉
書名にある「皮膚診療」という言葉について,少々書き留めておきます.
一般的に妥当するのは「○○科診療」でしょうが,本書は皮膚科医だけを対象としたものではないので「皮膚科診療」のタイトルはふさわしくありません.より普遍的かつ耳慣れた言葉なら「皮膚病診療」ですが,これは別の出版社から出ている有名な雑誌の名前です.「皮膚病診療ドリル」だと,その雑誌の企画と捉えられかねません.既に多くの本で「皮膚診療」という書名が掲げられている理由にはそういう事情もあるのかも,と言えば穿(うが)ち過ぎでしょうか(実際,2015年に私が編集し本書と同じ羊土社さんから上梓したレジデントノートの増刊号「皮膚診療ができる! 診断と治療の公式44」のタイトルも,如上の思考過程を辿って「皮膚診療」に逢着したのでした).
試みに医学中央雑誌で「皮膚診療」を検索すると,古くは1969年に使用例があるらしく,ある程度由緒のある言葉とも考えられます.今後,こうした書名の本が増えていけば,熟語として定着していくかも知れません.
■ 本書の使い方
本書はドリルの名に相応しく問題を並べていますが,形式は読者に最も馴染みがあると思われる医師国家試験(国試)の症例問題に倣っています.
選択肢は5つで,問いが「○○はどれか」という場合は,国試と同じです.1つだけ選んで下さい.そうでない場合は,いくつ選ぶべきか指定されています.選ぶのが誤りなどの場合は,注意喚起のために下線を引いてあります.否定的表現では,選ぶのは必ず1つだけです.
全体は基本篇26問,実践篇41問から構成されています.基本篇は教科書的な疾患カテゴリごとの出題になっています.続く実践篇は「小児の皮膚疾患」から始め,以後,概ね年齢順に症例を並べました.これで世代ごとの罹患傾向が窺える一方,疾患カテゴリとしてはランダムとなり臨場感を味わっていただけるよう工夫しました.
問題の難易度は★~★★★★で表示しています.おおよその目安として,以下のようにお考え下さい.
★ 国試~研修医レベル
★★ 研修医・一般医レベル
★★★ 一般医・皮膚科専攻医レベル
★★★★ 皮膚科専攻医~専門医レベル
基本篇は★★以下の比較的平易な問題ばかりです.後半は実臨床さながら,さまざまなレベルの症例が次々と現れます.
読者のレベルがどうであれ,全然わからず何も摑めなかった,逆に既知の内容ばかりで得るところは何もなかった,ということがないよう配慮したつもりです.読み手の対象を絞らず間口を広めることが営業的に有利に働くかどうかわかりませんが,学生時代に読んだ『ファインマン物理学(岩波書店)』に,成績の悪い生徒にも理解できる大切な点を必ず含め,逆に一番出来る学生でもすべてが完全には摑めないレベルまで講義した(大略),とあったのを覚えていて,これを範とした本作りを心掛けた次第です.
■ 謝辞
本書の企画を戴いた2019年当時,私には未消化の仕事が溜まり過ぎていて,着手がいつになるか見当もつきませんでした.そこでサンプル原稿の作成を神﨑美玲先生にお願いしたのを皮切りに,斯界のエキスパートの先生方に分担執筆をお願いしました.執筆陣は多忙を極めている先生方ばかりですが,にもかかわらず快く引き受けて下さったことに深く感謝申し上げます.先生方のお力添えがなければ,本書が企画から2年足らずで世に出ることはなかったでしょう.同時に,折角の玉稿に表記統一等の目的で朱を入れてしまったことをお詫び致します.ある程度の表記揺れは許容してもよいと考えており,迷った場合は原文の味を活かすようにしました.
さて,2年前の私が抱え込んでいた「未消化の仕事」はどうなったかというと,実は今なお未消化のままです(なぜだろう).そちらを辛抱強く待っていただいている方々にも謝辞とお詫びを申し上げなくてはいけません.
最後に.本書を一読した読者諸氏により,一段上の皮膚診療が各所で展開されるようになれば,一臂(いっぴ)の力をお貸しした編者としてこれに勝る欣(よろこび)はありません.
2021年8月
梅林芳弘