監修のことば
おかげさまで「もう迷わない!抗菌薬Navi」は好評をいただき,改訂3版を発行することになりました.改訂3版も坂野昌志先生のリーダーシップのもと,2版より執筆者としてお迎えしたAST(Antimicrobial Stewardship Team)でご活躍されている現役薬剤師,奥平正美先生,中根茂喜先生とともに編集を進めてきました.従来から,本書はASTで活躍する薬剤師の先生方だけではなく,研修医,看護師,医学部学生,薬学部学生にも利用いただいてきました.改訂3版は,新しく上市された薬剤に加えて,新しく創生されたエビデンスも含めて改訂されています.
感染症は,入院,外来問わずに認められ,高齢者,腎機能低下者,肝機能低下者,免疫不全者,小児など,どのような人にも発症し得る疾患です.このような背景もあるため,感染症治療に関与できる能力を身につけることはすべての薬剤師にとって必要であると考えられます.感染症診療の基本は,適切な検体採取と検査に基づいた診断,適切な抗感染症薬の選択と投与,必要な場合は早期のドレナージ・外科的介入に尽きると思います.もちろん適切な診断,ドレナージ・外科的介入の必要性について言及していただくことも重要だと考えますが,感染症診療において,薬剤師が最も期待されていることは,病態や医薬品の特性を理解した上での選択,病態に応じた投与量の調節,調整方法や投与経路,服用方法の指導,投与後の薬効,有害事象評価などだと思います.感染症の多くは急性期疾患であるため,患者さんの予後は見やすくやりがいも大きいと思います.しかし,抗感染症薬に注目しても,薬剤選択,投与量調節,服薬指導,有害事象観察など,初学者にとっては,何に注意してよいのか不安となることも多いと思います.そのような場面でご利用いただきたいのが「抗菌薬Navi」です.
初学者は,理解しておくべき情報がまとめられているSTEP1を参考にしていただきたいと思います.薬剤の特徴が理解できていれば,STEP2で当該薬剤がどのような感染症や微生物に対して使用されるのか学んでいただきたいと思います.さらに,STEP3では適切な投与方法を行うために必要な知識を復習,確認いただき,「一歩進んだ臨床応用」では発展的な内容を理解し,ご自身の新たな研究課題を見つける契機にしていただければと考えています.
本書を利用することで,感染症を専門とする薬剤師が一人でも多く誕生すること,感染症を専門としなくても感染症に理解がある薬剤師が誕生することを切に願っております.また,医師,臨床検査技師,看護師,医療系学生の皆さんの学習に役立てていただければ幸いです.
2021年9月
愛知医科大学大学院医学研究科 臨床感染症学 教授
三鴨 廣繁
改訂3版の序
2006年に発足した東海地区感染制御研究会は,病院組織,地域の垣根を超えて感染対策・感染症治療に携わる薬剤師の情報共有と育成を目的とした全国初の研究会です.本研究会の発起人である滝 久司先生(現 国立病院機構東海北陸ブロック薬剤部 薬剤科長)は厚生労働省在籍時に抗菌薬使用量サーベイランス事業の実現にも尽力されましたが,発足当時の御講演のなかで,次のようなお話をされたことがあります.「医師は患者を診る,看護師は患者を看る,では薬剤師は?」と.
現在,感染症治療・感染対策に関わる薬剤師の役割は非常に大きなものになっています.抗菌薬適正使用支援チーム(AST)では中心的な役割を果たし,感染症治療の抗菌薬選択では医師と意見交換をし,感染対策にも積極的に関わることが当たり前の施設も多くなっています.本書改訂2版を刊行した2017年頃と比べても薬剤師の存在感は大きくなっています.このように薬剤師が深く感染症治療・感染対策に関わることを夢見て発足した研究会に私も初期メンバーとして参加させて頂いていましたので,このような環境になっていることは大変嬉しく思っていますが,一方で少しの懸念もあります.
現在は各種ガイドラインが整備されているため,極端なことを言えば感染症に対するある程度の知識を持ち,ガイドラインの見方さえ分かっていれば電子カルテだけを見て抗菌薬の選択はできます.そのためディスカッションの場などで「ガイドライン的には○○です.」といった発言をする薬剤師が多くいます.もちろん,このような発言は正しいのですが,抗菌薬について患者の視点に立った深い議論になった際に言葉に詰まる場面を見ると,表面的にガイドラインを見ているだけで,なぜその薬剤が選択されるのか? という本質を理解できているのか疑問に思うことがあります.薬剤師に求められる役割は,抗菌薬についての深い知識を持って感染症治療を支えることであって,ガイドラインの記載内容をAI的に答えることではないのです.
ここで文頭に戻りますが,滝 久司先生は「薬剤師は視る」とお話をされていました.「視る」の意味は「自分の目で実際に判断する.転じて自分の判断で処理する」(広辞苑)であり,「データのみから論ずるのではなく,自分の目で患者さんを視る,薬を視る.そして自らの判断を他職種に伝える」ということです.現在は病棟業務により薬剤師と医師,看護師が近い距離になっているため,治療ガイドライン等を全面に出して他職種と話をしたくなりますが,「視る」という部分も大切にして欲しいと思います.
本書は抗菌薬の基本的特徴,同系統の他剤との違いという科学的部分を主題にし,それらの特徴を臨床に応用するための内容をまとめています.感染症治療において薬剤師の重要性が大きくなっている今だからこそ,基本に立ち返って本質を理解するために本書をお役立ていただければ幸いです.
最後になりましたが,いつも私の無茶なお願いを快く聞いて下さる中京病院薬剤部 中根茂喜先生,安城更生病院薬剤部 奥平正美先生,そして東海地区感染制御研会をはじめとした薬剤師教育にご尽力をいただき,本書においても多大なるご支援を賜っております愛知医科大学感染制御学教授 三鴨廣繁先生に心より御礼申し上げます.
2021年初秋
名古屋セントラル病院薬剤科
坂野 昌志