患者が「生きる」を楽しむ医療とは
遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ
遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそ揺るがるれ
これは、高齢者診療や緩和ケアに取り組む私、西智弘とその師匠である宮森正のモットー、後白河法皇の編纂した『梁塵秘抄』の一節です。この歌の解釈は諸説ありますが、「遊びや戯れは生きることそのものであり、子どもが遊ぶように夢中で生きたい」という解釈だと私たちは捉えています。
高齢者をとりまく医療の現場は、何かにつけて「医療優先」「健康第一」の世界です。高齢者の生活や死生をエビデンスで縛り、とかく「遊び」がありません。
医療者から見れば高齢者は、様々な病気をかかえた「患者」ですが、これまでたくさんの人生経験を経てきた1人の「にんげん」でもあります。泣きもすれば笑いもする、踊りもすれば転びもします。真面目な医療者は、そういった当たり前のことをついつい忘れてしまってはいないでしょうか。
エビデンスはもちろん大切です。しかし、ときにはエビデンスとにらめっこするばかりではなく、患者さんと楽しみながら医療をしたっていいんじゃないかと思うのです。医療者が「遊び」のない世界に高齢者を閉じ込める医療ではなく、一緒に「生きる」を楽しむ医療を行うべきではないか―。そう考えています。案内人は「Dr. ミヤモリ」と「Dr. ニシ」
本書では、そんな考えを持つ高齢者診療や緩和ケアの取り組み方を私たち、川崎市立井田病院( 川崎市中原区)の西&宮森が紹介していきます。
当院の診療システムの特徴は、腫瘍内科・緩和ケア・在宅部門を、1つの科(ケアセンター科)で担当しています1)。抗癌剤を始めてから、外来で継続的に治療を行い、その後、緩和チームとして介入し、緩和ケア病棟で診て在宅で看取る。この一連の流れを全て自分1人で行うことも可能です(実際にはチームで診療しますが)。
そのため、患者さんや家族には、「抗癌剤を始めてから最期の時まで、私たちがあなたと最期まで一緒にいますよ」と言える仕組みを作っているのです。このシステムは、宮森が考案し、構築したものです。
診療地域は、神奈川県の川崎市の中央部を中心に、横浜市の一部も診療圏(訪問診療範囲)であり、大豪邸や重要文化財のような古民家にお住まいの方もいれば、多摩川べりが10年来の住処といった方もいます。大家族もいれば独居の方もおり、患者背景がとても多様な地域です。
こうした多様な患者さんの姿をユニークに捉えるのが宮森の特技です。毎朝行われるカンファレンスでは宮森による斬新でユニークな高齢者のとらえ方が共有され、若手医師の学びにもつながっています。
本書では、楽しみながら高齢者診療を行う宮森の「経験からくる言葉や技術」を中心に、その考えを支えるエビデンスをご紹介していきたいと思います。
[Dr. ミヤモリ]
自他ともに認める高齢者医療・緩和ケアのエキスパート。長年の診療経験に裏打ちされた言動で、ケアセンターを引っ張る。エビデンスも重要だと思っているが、教科書やマニュアル重視の診療ではなく、対話や患者のエピソードを重視した診療も大切と思っている。
[Dr. ニシ]
Dr. ミヤモリの下で学ぶ緩和ケア後期研修医。患者さんに対する態度は真面目だが、研究論文やマニュアルが大好き。知識だけは豊富だが、それを重視するあまりに患者さんや家族などと衝突することも。「経験的な治療」について疑問を抱いている。
【編集部注】本書には過激な発言が繰り広げられる場面があります。実際の宮森先生、西先生とは異なるキャラクターであること、また登場する患者さんのプロフィールなどは脚色していることをご理解ください。
この2人のやりとりから、高齢者医療・緩和ケアの現場を覗いていきたいと思います。
参考文献 1) 西智弘ら.Palliat Care Res.2015;10;920-3.