まえがき

エビデンスに基づいた医療（evidence－based medicine：EBM）は，ランダム化比較試験（randomized control trial：RCT）などから得られた質の高いエビデンスをもとに実践されてきた．RCTは可能なかぎりバイアスを排した環境下で行われる一方，Five Toos（Toofew，Too simple，Too brief，Too median－age，Too narrow）と表現されるような限界も指摘されている．実際，日常臨床においては，RCTでは除外されてしまうようなさまざまな背景をもった患者を治療することが多い．レジストリー研究はこれらの限界を補完することや，探索的な検討による仮説の構築など，重要な役割を果たしてきた．

昨今，医療ビッグデータ時代とも称されるなかで，電子化された大量のデータを収集し分析する技術の著しい進歩や，人工知能の発達なども相まって，real world data（RWD）が注目されている．RWDでは診療報酬請求データ，包括評価制度（DPC），診療録，健診データなどの実診療行為に基づくデータが含まれる．このようなデータを活用することにより，従来のRCTなどの臨床研究から得られた知見を，容易かつ安価に，より広い患者，医療者や医療システムに適用するための情報が得られるとの期待が高まっている．一方，不適切な分析が誤った研究結果を生む可能性もあり，適切なデータベース使用・分析や，より信頼度の高い方法論の開発などが望まれる^1）．

わが国においてもナショナルデータベースの整備が進みつつある．また，循環器領域においても，登録研究を医療情報データと組み合わせたJROAD－DPC研究^2）などがはじまっており，RWD時代の臨床研究の発展が期待される．

今回，循環器疾患のレジストリーというタイムリーな特集のなかで，従来の登録研究のみならず，医療情報データを含めた新しい時代の臨床研究について，循環器各領域のエキスパートの先生方に執筆をいただいた．本特集が日常診療の一助になれば幸いである．

安田　聡　　中尾一泰
国立循環器病研究センター病院心臓血管内科部門

1） Sherman RE et al. Real－world evidence―What is it and what can it tell us? N Engl J Med 2016;375（23）:2293－7.

2） Yasuda S et al. The current status of cardiovascular medicine in Japan―Analysis of a large number of health records from a nationwide claim－based database, JROAD－DPC. Circ J 2016;80（11）:2327－35.