前職で私は,院内で最も多く糖尿病の患者さんを診療していました.院内に糖尿病専門医がいなかったためですが,おかげでたくさんの症例を通じてさまざまな経験をすることができました.健康診断で指摘を受けた初診の患者さん,高血圧症や脂質異常症を併存している患者さん,各種合併症を発症していない患者さん,逆に発症してしまった患者さん,社会的な要因で治療や頻回の通院が困難な患者さんなど,多様なケースに遭遇しました.そして,それぞれに最適化した個別のアプローチを取ることの重要性を認識しました.一時は糖尿病専門医の資格を取得しようかとも考えましたが,大人の事情で断念しました.しかし,糖尿病専門医でなくとも糖尿病診療を得意として,診療ガイドラインの指針が変更されるよりも早く,あるべき診療のスタイルを作っていくことができたのは,たくさんのことを教えてくれた患者さんたちと共に学んだ仲間たちとEBMのおかげに他なりません.
現在の職場に移って最初に印象的だったのは,糖尿病の患者さんの血糖コントロール状態が,それまで出会ってきた患者さんたちとはまるで異なることでした.地域性や社会的な要因が病気の状態に大きな影響をもたらすことを目の当たりにしました.そして,血糖コントロールよりも大事なことがあるのではないかと考えるようになったのです.
残念ながら私は良きメンターに出会うことなく年月を経てしまいましたが,逆にそのために,否が応でも自ら考え,振り返り,最新の知見を得る努力を続けることができました.そうした経験があるからこそ,ときには総合診療医でも領域別専門医に劣らない質の高い診療を提供できると確信しています.
総合診療医は,医学生物学(bio-medical)的問題に加え,心理社会(psycho-social)的問題も取り扱います.しかし,心理社会的問題を強調するあまり医学生物学的問題が疎かになるようでは,医師の本分にもとると言わざるを得ません.頼れる総合診療医になるためには,医学生物学的知識や技術も,心理社会的問題への対処能力と同様に高めていかねばなりません.そしてそれは,EBMを駆使することで十分可能だと考えています.
Gノート本誌を創刊して編集ボードに就任した際 ,総合診療医が,ありふれた病気について,エビデンスに基づいた質の高い診療を楽に提供できることをめざした特集を組みたいと考えました.2014年の創刊号は高血圧症(2014年4月号),翌年は糖尿病(2015年4月号),翌々年は脂質異常症(2016年4月号)を特集しましたが,思い描いていた内容にかなり近いものに仕上がり,おかげさまで読者の皆様には高い評価をいただきました.
糖尿病診療は,糖尿病だけを診療するのでは不十分です.高血圧症も脂質異常症も同様で,血圧ばかり,コレステロールばかり診ているのではいけません.さまざまな因子が心血管疾患のリスクとなります.そのため,高血圧症,糖尿病,脂質異常症のそれぞれを独立に管理するのではなく,動脈硬化に関連する疾患や危険因子はすべて同時並行に包括的に考えていかなければなりません.そして,仕事や生活なども含めた個別の事情を考慮した最適なマネジメントを行う必要があります.
本増刊は,これまで本誌で特集した高血圧症,糖尿病,脂質異常症の記事をまとめ,最新のエビデンスにアップデートして1冊の書籍にしたものです.それぞれの疾患に関する書籍やマニュアルはたくさん出版されていますが,これら"動脈硬化御三家"が1冊にまとめられているものはほとんどないと思います.これ1冊があれば完璧 ,エビデンスもまとまっていて,質の高い診療ができるという本をめざしました.
本増刊の執筆には,教育も兼ねて当院の専攻医に挑戦してもらいました.改訂にあたって新たなエビデンスも多数出ていることがわかり,執筆・校正作業は非常に大変でしたが,とてもいい内容に仕上げてくれたと感謝しています.特に当院総合診療科の岡田 悟先生には,専攻医の指導で私をサポートしてもらい大変助かりました.さらに,各分野に造詣の深い先生方や医師以外の医療職の方に,どのように連携すればいいか本音を語っていただきました.特に,家庭医からの視点が重要と考え,本増刊では新規項目として,家庭医の重島祐介先生に複雑症例に対する家庭医療アプローチについてご執筆いただきました.これらの方々に協力を仰いだのは,多職種連携を重視する私のこだわりでした.この場を借りて心より御礼申し上げます.
本増刊は病院総合診療医や家庭医をターゲットに執筆したものですが,総合診療医だけでなく,各専門家の先生方やプライマリ・ケアに従事する医師以外の医療職の方々にもお役立ていただけるものと自負しています.
最後になりましたが,本増刊を担当してくださった羊土社の久本容子さん,松島夏苗さん,林 理香さんには,企画段階からいろいろとご助言くださり,仕事の遅い私に業を煮やしながらも最後まで根気強くご尽力くださいましたこと,篤く御礼申し上げます.
エビデンスはナマモノです.本増刊の内容もじきに陳腐なものになってしまうかもしれませんが,読者の皆さんの動脈硬化診療が少しでも質の高いものとなりますよう,執筆者一同願ってやみません.
2018年2月
東京北医療センター 総合診療
南郷 栄秀