「骨折を見落としてしまった...」「固定の方法が悪いと怒られてしまった...」
不安定型の骨盤骨折や開放骨折ならば,まず見落とすこともなく,即刻,整形外科紹介となります.しかし,そこまで重篤ではない外傷の場合,救急担当医にとっては別の問題が生まれやすくなります...骨折の見落とし...処置の誤り...説明不足...
救急外来で仕事をする医師であれば,整形外科領域の外傷の患者さんが多いと誰もが実感します.整形外科の医師たちから信頼の得られる初期診療を患者さんに提供したいという願いも共通です.CBR社刊行「ER magazine 2008年春号」において,「まちがいのない軽症外傷の評価と処置の進め方」と題した特集を組んでいただいたのは,そうした想いからでした.「ERと整形外科のコラボレーション」と副題をつけ,日本の各地域で奮闘されている救急外来担当医と同じ施設で勤務する整形外科専門医に協力いただき,各項目を執筆いただきました.
幸いにも,この特集を多くの方がお読み下さり,このたび,保存版として改めてCBR社より刊行いただけることとなりました.
入院加療を必要としない程度の骨折や脱臼の救急診療では,初めから整形外科医が対応するとは限りません.多くの救急医療機関では外科系の医師たちが交代で当直業務を担い整形外科領域の初期診療を担っています.最近では,家庭医として地域医療に従事する医師も増えてきました.また,ER医と呼ばれる総合診療型の救急医も,整形外科領域の軽症外傷にかかわりながら研修医の指導にあたるようになってきました.
もちろん,整形外科医以外が整形外科医と同等の診療をすることはできません.専門医には専門医の苦労の経験と知識・技術があります.しかし,整形外科を専門としない救急担当医であっても,最低限必要な標準診療を行って整形外科専門医に適切に紹介すれば,より多くの救急患者さんに間違いのない診療を提供できることが期待されます.深夜の呼び出しに応じる整形外科専門医の労力を軽減することもできるかもしれません.
日本の救急医療は,各専門科医と若い研修医の使命感によって支えられてきました.救急診療の現場にあるプライド・喜び・感動がその使命感を助けてきました.しかし,こうした使命感にのみ支えられた救急医療がいつまで続けられるか保障はありません.高齢化と医療の高度化に伴い,救急搬送件数は,この10年間で約50%も増加しました.一方で,医師数が同じ割合で増加することはなく,それだけ救急医療現場への負荷が増加しています.専門医と非専門医の間にリスペクトと信頼に基づいた連携が生まれるなら,患者さんにとっても専門医にとってもメリットがあるはずです.
本書の執筆は,整形外科医の協力・指導の下に救急担当医(主としてER医)が初期診療を行っている医療施設の医師たちにお願いしました.正しい処置を行えば帰宅可能な骨折症例など,重篤ではない整形外科外傷診療を間違えずに行えることを目標としております.しかし,医療施設ごとに少しずつ違う「やり方」があるかも知れません.そうした点につきましては,それぞれの施設において信頼とコンセンサスが築かれていること,それが最も大切ではないかと思われます.
本書刊行に先行するER magazineでの特集では,現九州大学病院の永田高志先生のアドバイスをいただきました.整形外科と救急医学に通じ,災害医療,危機管理,外傷外科領域に渡って御活躍されている永田先生に心より御礼申し上げます.
また,救急診療・総合診療を志す若い医師たちを暖かく見守ってくださっている,CBR社の三輪敏社長,島田明子さまの応援とお心づかいなくしては本書の刊行はありませんでした.日本で救急診療に携わる医師として,お二人に感謝の意を表します.
2010年 8月吉日
京都府立医科大学 救急医療学教室
太田 凡