序
私の超音波検査(エコー)人生は平成元年,都立大塚病院で望月幹彦先生に師事することからはじまりました.小児領域を本格化させたのは平成10年都立清瀬小児病院へ異動してからですので,もう20 年以上の月日が経ちました.浅井塾を立ち上げたのは当時の小児外科部長(後の病院長) 林奐先生から小児外科の若手スタッフに超音波診断技術を伝授してくれと依頼されたことがきっかけとなっています.「君から免許皆伝が出るまでは小児外科医単独でエコーはさせない」と言われたことは今でも鮮明に覚えております.清瀬の12年間は現在を語るうえできわめて重要な時間でありました.医局の大勢の先生方からたいへんお世話になりましたが,その中でも公私ともに多大なるご支援を賜ったのがまさしく私の人生哲学の師でもあります未熟児新生児科部長横山哲夫先生です.この紙面をお借りして心より御礼申し上げます.
近年,超音波診断装置の進化は凄まじく,画像診断として有用なスペックが次々と開発されました.具体的には体の深部がグレースケールで明瞭となり,ドプラで低流速の血流シグナルが正確に拾えるようになったことで,正確度の高いエコー診断が可能となりました.
ご存じのとおり,エコーは被曝がなく,非侵襲性でどの場所でもくり返し施行できる画像診断法です.検者の技量にもよりますが,多くの画像情報を得ることが可能で,当院では平日の診療時間にとどまらず,遠隔診療システムの導入で24時間365日いつでも対応しています.機動性にも優れているという利点から,小児領域では特に有用であることはすでに多くの方々に周知されていることと察します.
しかしながら,本来,画像診断法の第一選択であるべきエコーが成人領域と比べ,明らかに普及が停滞していることも既成事実のようです.
過去の日本超音波医学会のシンポジウムでもとり上げられましたが,小児エコーがいまだに発展途上である理由は何でしょう?
① 小児の発育変化:新生児から思春期の15歳までを小児領域とした場合,臓器は年齢とともに刻々と変化するため,検者は年齢相応の正常値と計測値との比較や,生理的変化(臓器の実質コントラストなど)を評価しなければならない.
② 小児では先天性疾患の占める割合が多い
③ 年齢による疾患頻度の違い:急性腹症のなかでも消化器疾患(腸回転異常,消化管閉鎖,腸重積症など)は年齢により中央値が異なる.
④ 成人に比して病勢の進行が速い小児科領域でエコーは治療方針に直結しうる重要な役割を果たしうるが,同時に迅速かつ的確なジャッジが求められるため,検者には大きなプレッシャーとなりうる(腰が引ける).
このような理由が,プローブを握ることに躊躇し,結果として小児エコーが第一選択として確立されていない大きな要因と考えられます.
本書を刊行するきっかけとなったのが,こだま小児科院長 児玉和彦先生との出会いでした.以前から私はエコーの走査技術および画像解析技術と身体診察所見をマッチさせて超音波診断技術を高めることはできないかを思案しておりました.同志である小野友輔先生,城戸崇裕先生からご快諾いただき,児玉先生に提議したしましたところ,ご賛同を得て本書を著するに至りました.
われわれはこれを「小児臨床超音波」とよび,身体診察所見をとり入れた手法が今後の小児腹部エコーの普及のカギとなることを確信しております.
エコーを実施する検者には以下の3 点の技術を有することが必須とされています.
①超音波機器の取り扱いに精通し,スペックを使いこなせること
②見落としなく臓器を走査すること
③記録された情報をレポートとして記載できること
では,実際,エコーはどこで学ぶのでしょうか?
残念ながら「独習」による技術習得はきわめて困難と思われます.
腹部エコーと言ってもカテゴリーは広く,対応する診療科は消化器科,腎臓内科,外科,泌尿器科,血液腫瘍科,新生児科など多岐にわたります.
したがって,小児腹部エコー技術を研鑽するためには,
① 日常的にエコーが行われており,多くの症例を一定期間に集中して経験できる.
② エコーの画像解析を専門的に行い,施行者にフィードバックされるシステムが構築されている.
③ 患児およびご家族を不安にさせないために,常にコミュニケーションをとり,安心感を担保できる指導者がいる
という環境であれば理想的と思われます.
手前味噌になりますが,茨城県立こども病院は前述の条件をすべて満たしています.現在では,3カ月間の集中エコー研修で浅井塾免許皆伝取得が可能となっています.また,定期的に開催しております茨城こどもECHO ゼミナールにもぜひご参加ください.
本書は小児エコーに精通した小児医療関係者が一人でも多く輩出されることを願い,ユーモラスな表現をふんだんに盛り込み,病態生理や身体診察所見を視点の中心とした構成となっています.したがって,既刊の成書とはかなり異なったイメージを抱かれるのではないかと少しばかり危惧しておりますが,小児科の先生方をはじめ,エコーに従事される技師の皆様にはこれまでにない一歩踏み込んだエコーを施行し,結果をフィードバックしていただくことを切に願っております.
本書を刊行するにあたり,推薦の辞をいただきました茨城県立こども病院長 須磨﨑亮先生,茨城県立こども病院名誉院長 圡田昌宏先生に感謝の意を,格別のご配慮を賜りました羊土社編集部の皆様にはこの場をお借りしまして厚く御礼申し上げます.
2021年9月
茨城県立こども病院 小児超音波診断・研修センター
浅井宣美