序文
1956年Benjamin Castlemanが胸腺腫類似病理所見を有すユニークな症例を報告したのが,「Castleman disease物語」の始まりである。当時は,病理学的解析が主流で,リンパ節所見から主に悪性腫瘍か良性腫瘍かというのが論点であった。以後も弟子の病理医らによって分類検索が行われ,腫大リンパ節が孤立性か多中心性か(unicentric type(UCD)かmulticentric type(MCD)か)に分けられ,続いて病理組織像から,Hyaline vascular type,Plasma cell type,そしてそのMixedtypeに分けられた。その後,臨床症状,異常所見と病理像との関連性が注目されたが,唯一免疫グロブリンの増加とPlasma cell typeとの関連性を推測するのみで,その病態基盤は依然として不明のまま数年が経過した。
1989年になって,形質細胞型(Plasma cell type)の腫大したリンパ節からInterleukin 6(IL-6)が産生され,それがMCDの多くの症状・所見を来たす主な因子であることが報告された。ところが,この報告は病理学を中心とした研究者にとっては俄に信じがたく,報告掲載までに実に2カ年を要した。それには著者の専門分野が病理とは異なる免疫膠原病分野であったことも関係していたかもしれない。しかし異なる分野の意見は,時として重要な発見につながるものであることを,具体的に提示した例といえるだろう。
以後,1990年から2020年にかけての30年間にキャッスルマン病に関する研究が急速に展開された。病理学的検索においては,腫大リンパ節浸潤細胞の表面マーカー染色により,リンパ球のT細胞,B細胞ばかりでなく,亜分類検索が行われ,産生サイトカインの解析と共に病理病態解析が行われるようになった。一方,臨床においては,2010年にその臨床所見からTAFRO症候群が提案され,その一部に病理学的にMCDとは異なり,リンパ濾胞萎縮とHyper vascular typeの病理を示す疾患も発見された。
治療においては,1956年のB. Castlemanの報告以来特記すべき治療法がなく,治療対象のMCDについて,唯一ステロイド剤の有効性が指摘されていたが,確定されてはいなかった。一過性の臨床症状の軽減は得られていたが進行を抑制するには到らず,難治性疾患として認識されていた。しかし1989年に,Plasma cell typeにおける腫大リンパ節からのIL-6の産生が本疾患症状・所見発症の中心的サイトカインであることが報告されたことから,IL-6阻害をターゲットとする治療が検討された。そして2000年になり,ヒト型化抗IL-6レセプター抗体(当時MRA,現在トシリズマブ(アクテムラ®))臨床使用の報告により,初めて著効を示す薬剤が登場したのである。2005年には厚労省により保険薬として承認された。米国では,IL-6に対する抗体siltuximabが2015年にFDAにより承認され,トシリズマブと同様な効果が示されている。ただ,両者の直接比較の臨床研究がないため,その優劣は不明である。
しかしながら,キャッスルマン病群の中でも2010年にわが国で提唱された臨床的に重症なTAFRO症候群は,その分類学的位置もさることながら,治療法も確立されていない。IL-6阻害は有効であるが一部のみで,他に免疫抑制薬,リツキシマブ等の有効性は乏しい。最近mTOR阻害薬のラパマイシン(シロリムス)の有効性が報告され,現在検証中である。その他,JAK阻害薬,さらには将来的にCXCL-13阻害薬も提唱されている。
他方,2015年4月に厚生労働省の調査研究班として「キャッスルマン病」班,「TAFRO症候群」班が,そして2017年には両班が合併して領域別研究班として発足したが,この班の設立により研究が一層広がったばかりでなく,2015年8月にはキャッスルマン病患者会が設立され,医師・研究者と患者との連携が強められた。この連携が,厚労省稀少難病として本疾患を指定難病承認へと導いたことは特筆に値する。2018年に331番目の指定難病に承認された結果,患者の治療への広がりが急増した。すなわち,アクテムラ®は有効であるが生物学的製剤のため高額で,すべての患者に適応することができなかったが,指定難病となったことで医療費の控除が適応され,安心して治療を受けることが可能となった。このことは同時に,キャッスルマン病の疫学調査研究にとっても有利となり,当初予測された患者数と近年研究班で行われた調査による患者数がほぼ一致し,わが国では現時点では約1,500人であろうと推測される。
このたび,わが国における本疾患の研究・臨床に携わる先生方のご協力を得て,本成書を上梓することとなった。ご多忙のなか執筆にご尽力いただいた先生方には改めて深甚なる感謝の意を表したい。本成書の発刊によって,キャッスルマン病・TAFRO症候群に関する現時点までの概要を提示することができた。血液専門分野,免疫・膠原病分野,病理専門医等,専門分野の医師・研究者ばかりでなく,本分野以外の先生方にとっても座右の書の一つとして書棚に保管して,研究にまた日常診療に役立てていただければ幸いである。
本疾患群の本態が悪性腫瘍なのか慢性の炎症性リンパ腫大なのか,まだまだ論点である。とはいえ,世界で初めてサイトカインの異常発現が疾患病態発見の中心であることを示した疾患でもある。さらに単一のサイトカインを阻害する生物学的製剤による治療法を世界に先駆けて提唱し,以後の生物学的製剤開発展開の基本となった疾患群である。本疾患が稀少難病なればこそ,この研究の過程ならびに成果は,多くの慢性炎症性疾患の病因・病態解明に示唆を与えると共に,治療法の開発に対しても多くのヒントを与えるものであることを強調したい。
2022年1月
編者 吉崎和幸,川上 純