はじめに
初版を上梓したのは2019 年夏のことでした。その後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって医療を取り巻く環境は大きく変わりました。外来患者は激減し、COVID-19 患者のための病床確保、厳しい面会制限などによって入院患者も大きく減少しました。最新の患者調査によれば、2017 年に約131 万人だった全国の入院患者は、2020 年には約121 万人まで減りました。一方で在宅での療養や看取りを希望する患者が増え、2021 年社会医療診療行為別統計では在宅患者が約90万人となりました。COVID-19 が流行する前の2019 年から2 年で10 万人以上増えていました。
確実な未来を予想することは困難ですが、これからも在宅医療を求める患者は増え続けるでしょう。なぜなら、人口と疾病構造の変化によって、医療に求められる役割が「治す医療」から「支える医療・ケア」へと広がってきているからです。
患者の受療行動や医療に求められる役割の変化に対して、医療機関の経営者は外来、入院、在宅、オンラインの4 つの診療形態を組み合わせ、最適な診療体制を常に維持していく必要があります。近年は在宅医療を手掛ける中小病院が増えただけでなく、在宅医療を主に担う診療所がバックベッドの確保を目的に病院や施設を開設するケースも見られるようになりました。医療機関が幅広い診療形態を持つことは、事業環境の変化に強い収益構造につながるだけでなく、患者の療養上の選択肢を広げられるメリットもあります。
しかし、限りある人的資源で複数のオペレーションを回しながら診療や連携の質を維持していくことは、決して簡単ではありません。
2021 年4月、私は長野県小布施町にある新生病院という155 床のケアミックスの病院に転籍しました。メディヴァの支援先の1 つとして運営に関わるうちに、地域包括ケア時代の地域医療を支えていくのは総合診療と在宅医療を中心とした中小病院だと確信し、新生病院にそのモデルとしての可能性を強く感じたからです。在宅医療を中心とした成長戦略と現場の実行力に加え、コロナ禍による在宅医療のニーズの拡大という追い風も受けて、新生病院の在宅医療は外来や1 病棟に匹敵するほどの収益の柱になるまでに成長しました。
成長の過程では、多くの困難にも直面し、地方の中小病院が在宅医療を拡大していくことの難しさを身をもって痛感しました。今回、改訂版の刊行に当たって6 章「中小病院による在宅医療の実践」を新設し、これまでの支援と新生病院での経験を基に、中小病院がそれぞれの実情に合わせて外来診療や入院診療と両立しながら在宅医療を始め、伸ばしていくための現実的で再現性の高い知見を収めました。総合診療(家庭医療)と多職種連携を軸に、外来・入院・在宅においてシームレスな医療、ケア、リハビリテーションなどを提供する新たな中小病院(コミュニティホスピタル)の役割は、今後ますます大きくなるはずです。
6 章では、国民が希望する療養場所が多様であること、その多様なニーズの受け皿として中小病院が理想の地域資源になり得る存在であることを示します。その上で、中小病院の機能再編のポイント、在宅医療の収益性や入院診療部門への貢献などについて解説しています。とりわけ6.4「中小病院における24 時間体制の構築」は、中小病院に限らず読んでいただきたい内容です。2024 年4月から医師にも時間外労働の上限規制が適用されます。厚生労働省の見解を基に、往診担当医のオンコール待機を労働時間としてどう取り扱うか、できる限り詳しく解説しました。
このほか、4 章には在宅医療の現場でのデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する観点から「ICT ツールの選定と活用」、リスクマネジメントの重要性の高まりを踏まえて「訪問診療時の安全対策(患者や家族からの迷惑行為への備え)」「不測の事態に備えたBCP(業務継続計画)の策定」を追加しました。5 章では、「集患のための取り組み」を大幅に改訂したほか、新たに「地域活動の始め方と連携先の増やし方」「地域の特性に応じた今後の在宅医療の提供体制」を追加しました。
多疾患併存(multimorbidity)状態にある高齢者に求められる医療は、生活の質を重視した多職種による多疾患横断の包括的なアプローチに他なりません。生活の質を重視した医療を実践するための最適な環境は患者の住まいや地域にあるはずです。
最後に、本書の執筆に当たり多くのご指導をいただいた医療法人プラタナスと特定医療法人新生病院の皆さん、メディヴァの同志、日経ヘルスケア編集部の皆さん、そしていつも支えてくれる家族の存在がなければ、本書の誕生はあり得ませんでした。この場を借りて感謝を伝えさせてください。
本書を通じて在宅医療の裾野がさらに広がり、誰もが在宅療養を選択できる地域社会の実現に向けた一助となることを願っています。
2022年11月
荒木 庸輔