一例一学

一例一学

「一例一学」という造語は，お察しのとおり「一期一会」にヒントを得たものである．“一期” は仏教の言葉で「人間が生まれてから死ぬまで」を意味する．茶人千利休の弟子である山上宗二の本に「一期に一度の会」とあり，茶道の心得を説く言葉として今に伝わっている．「これから何度も茶会を開く機会はあるが，この茶会とまったく同じ茶会は二度と開くことはできない．だから，この茶会は常に人生で一度きりのものと心得て，相手に対して精一杯の誠意を尽くさなければならない」と教えている．であれば，「一期一会」は茶道に限らず，あらゆる職業のプロフェッショナルに共通する心得だといえる．患者との出会いも「一期一会」である．次回の診察日で再会しても，今日という診察機会は今日だけである．この瞬間に自分のもつ知識と経験をフル回転させて診療することが，精一杯の誠意を尽くすことになる．しかし，医師と患者の関係は医師から患者への一方通行ではない．医師は患者から多くのことを教えてもらっている．病名は1 つでも病態は患者の数だけあり，同じ疾患でも臨床症状（全身症状，皮疹など），検査結果，病理組織像には多くのバリエーションが存在する．「一例一学」とは，＜「一期一会」の気持ちをもって患者一人ひとりから1 つでも多くのことを学ぶ＞という医師としての心構えを指す．患者は医師にとっての先生である．学べるかどうかは，医師本人の心構えにかかっている．

守破離

「守破離（しゅ・は・り）」は千利休の言葉とされている．筆者なりに解釈すると，「守」とは師からの教えを忠実に学び，型や作法，知識の基本を習得する第一段階，「破」とは経験と鍛錬を重ね，師の教えを土台としつつ現状の課題を克服するように自分なりに創意工夫する第二段階，「離」とはこれまで教わった型や知識にとらわれることなく独自の芸（体系）へと飛躍する第三段階となる．

仕事や研究も同じである．多くの場合，先輩の背中をみながら基本となる知識と技術を身につけることからスタートする（守）．そうするうちに，現実の未解決問題が見えてくるようになり，自分なりに解決（する努力を）するようになる（破）．この過程をくり返すことで，他の人では埋めることのできない臨床・研究の穴を埋められるようになる．さらに，自分自身で新しい臨床・研究の穴を見出してそれを自分が埋めることができたら（離），真のプロフェッショナルであろう．60 歳代半ばを過ぎた筆者はやっと「破」の域に到達できたかどうかだろう．これからも佇むことなく，「破」の階段をゆっくりと上りたいと思う．

石川　治
Osamu Ishikawa
石井病院皮膚科，群馬大学名誉教授