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- 森岡 周
- リハビリテーションのための 脳・神経科学入門 改訂第2版
商品情報
内容
リハビリテーションに関わる脳・神経科学の重要なテーマを抽出し、その詳細と臨床活用の視点を解説。
リハビリテーションの専門家が当たり前の知識として脳・神経科学の知識を共有し、その知識を基に治療を行っていく時代を目指すためにベースとなる知識を提供。
また、患者に対してどのような病期に、どのような課題を与え、どのような難易度で治療、訓練を実践すべきかを考えるための助けとなる、セラピストにとって必須の知識を網羅。
序文
まえがき─本書のパースペクティブ─
本書の初版の出版は2005年5月までさかのぼる.その当時を振り返ると,1980年代から90年代にかけての動物実験(主にサルの研究)の成果が整理され,それに基づき,身体運動・行動や認知活動を通じて,脳の中の身体地図が書き換えられることが明白になった頃のように思える.そして,こうした行動や身体変容から生まれる神経可塑性の発見を,どのように臨床に応用すべきか模索していた時期でもある.初版では,脳の中の身体地図の再編成に関わる知見の記述を第1章に配置し,それら重要な知見をリハビリテーション医療に応用していくことの必要性を意図しながら書き進めた記憶がある.
それから10数年経ち,リハビリテーション医学領域においても,脳・神経科学研究の成果が当たり前の事実として語られはじめ,脳の可塑性の知見を応用した神経科学に基づいたリハビリテーションの重要性が説かれはじめてきた.
その背景から生まれた言葉がニューロリハビリテーションである.本書の第1章では,初版の記述を受けながら,リハビリテーション医療を担う専門職にとって,重要かつ新たに発見された神経可塑性の知見も含め,それらを抜粋しながら解説した.
第2章は第1章の基本的な神経可塑性研究の成果を受けて,脳損傷後に起こる機能回復のメカニズムについて解説している.この章に含まれている内容は,初版ではほとんど解説できなかった.なぜなら,初版発行時には,ヒトを対象とした脳損傷後の機能回復の神経メカニズムに関して未解明なことが多かったからである.本書では,脳の修復過程について新たに発見されたメカニズムを記すとともに,投射線維,交連線維,連合線維の3つの神経連結から考える機能回復メカニズムについて解説した.この三者の視点からの解説は,おそらく本邦では最初と思われ,こうしたメカニズムの理解が,リハビリテーション医療における治療の実践にあたって,有益な情報になることを期待したい.
第3章から第5章までの身体性,あるいは運動学習に関する脳・神経科学の知見は,本書の骨格でもある.つまり,このパートは「リハビリテーションのための」と修飾されている意味を包含した内容といっても過言ではない.リハビリテーション専門職は直接的に対象者の脳を改変させることを目的として仕事をしていない.対象者の行動を変容させ,その変容に基づき人間復権させることを目的としている.その行動はむろん身体に宿り,その身体経験を通じて脳の可塑性は起こる.個々人の身体経験や行動変容が先なのである.
さて,第3章では,初版で書いた動物実験に基づいた空間認知や身体イメージの内容を引き継ぎ,大幅に新しく広義な神経科学的知見を加筆した.その中心が身体所有感(sense of ownership)についてである.身体所有感とは「この身体は私の身体である」という意識のことである.リハビリテーション対象者は脳損傷であろうが運動器疾患であろうが,身体性の変容をしばしば訴えることがある.「まるで石のようだ」「まるで自分の手ではないような」「まるで他人の手のようだ」「これは自分の手ではない」「これは先生の手でしょう」「これはお父さんの手です」「(動かないながらも)麻痺していません,動きます」など,これらはすべて実際に対象者から語られたものであるが,初版を書いた頃は,これらは奇妙な現象として現場では捉えられ,ある種それらは医療者からは無視され,場合によってはこうした現象を訴える対象者は,現場では煙たがられたのも記憶に新しい.それから10年ちょっと,いわゆるラバーハンド錯覚実験を境に,身体性の科学は大いに進歩し,身体所有感の変容のメカニズムの解明に迫ろうとしている.そして身体所有感を生成させる異種感覚統合という手続きに関しても,実際の治療手段として用いられはじめてきた.初版を知っている方々は,第3章を読むことで,そうした科学の進歩やリハビリテーション医療における治療手続きの変遷について,一人称的に体感することができるのではないかと思っている.
身体所有感とともに,身体性の根幹としての意識として位置づけられているのが,運動主体感(sense of agency)である.第4章は運動主体感に関する記述に富んでいるが,この運動主体感は「この運動は私の意図によって生まれたものである」という意識を指す.したがって,運動主体感は運動意図と同義に扱われることが多い.ヒトは運動実行する際に遠心性出力に基づき皮質脊髄路を興奮させて筋活動を起こすだけでなく,その出力のコピーを遠心性コピー(efference copy)情報として,いくつかの脳領域に伝搬する.ある神経科学研究では「自分で自分の身体をくすぐると,なぜくすぐったくないの?」という問いが立てられ,そのメカニズムの解明が行われた.その際,遠心性コピー情報に基づく随伴発射という脳内機構が不必要な感覚を抑制させることがわかった.つまり,自分自身で自分の身体をくすぐる場合,どのような感覚情報が起こるかをあらかじめ知っているため,その予測どおり感覚フィードバックが回帰してくると,それは抑制されるというメカニズムの解明である.これは今日,「comparator model」として知られ,ヒトの身体性を捉えるうえで重要な概念となっている.脳損傷者にしばしば起こる身体の重さに関する異常知覚や伸張反射の亢進,あるいは運動器疾患においても起こる身体性の問題など,そのメカニズムについては,今日ではこのモデルを利用して説明されることが多くなった.そして,初版出版時では世間ではあまり理解されなかった運動イメージ課題の臨床導入も,今ではこうした科学的根拠によって十分に説明できるようになり,基礎科学的にも臨床医学的にも,運動イメージ課題は十分にコンセンサスが得られるようになった.まさに,初版から10年ちょっと経ち,この身体性の科学は大いに進歩し,その知見は「リハビリテーションのための脳・神経科学」として知るべき情報であると認識されるようになってきた.なぜなら,運動主体感の減弱は,皮質脊髄路の興奮性,そして実際に目に見える運動行動に大いに影響しているからである.
第3章と第4章によって身体所有感や運動主体感のメカニズム,そしてcomparatormodelの理解が進めば,第5章の運動学習のパートは平易に読み進めることができるのではないだろうか.初版においても運動学習のパートは充実していたように思える.なぜなら,機能回復≒運動学習であるし,どのような対象者であっても運動学習を促進していく治療や練習は当初より実践されていたからである.そして,運動学習に関する科学的知見は,リハビリテーション領域の専門職にとって必須であるし,むしろこの運動学習に関する理論は,筋・骨格系キネシオロジーよりも,基礎知識の根幹になるのではないかと筆者は思っている.初版では小脳を中心としたネットワークで生まれる誤差学習モデルしか示すことができなかったが,この第2版では強化学習やワーキングメモリを利用した自己組織化に関する知見を新たに加え提供することができた.
これら第1章から第5章が「リハビリテーションのための脳・神経科学」の基盤である.その基盤に基づき,第6章の脳損傷後の運動障害に対するニューロリハビリテーション,第7章の慢性痛に対するニューロリハビリテーションのパートを熟読されたい.ニューロリハビリテーションとはNeurosciencebasedrehabilitationの略称である.すなわち,この言葉には,脳・神経科学知見を活かしたリハビリテーションを提供するという意味が込められている.第6章では,これまで解明されてきた脳・神経科学知見に基づき,脳損傷後の病期別の視点から治療戦略を考える記述を行った.この情報は,脳損傷後に起こる運動障害に対するリハビリテーションの戦略として,是非とも役立てていただきたいと思っている.一方,2010年以降,脳が損傷しなくとも,脳の中の身体地図は改変されるという知見が数多く報告されるようになった.とりわけ,慢性痛はその典型であり,神経科学や身体性科学の進歩とともに,慢性痛者の脳の問題もクローズアップされるようになってきた.ただし,すべてが脳の問題であるわけではない.身体性のパート,ならびに第7章の記述を読んでもらえれば,ニューロリハビリテーションを適応すべきタイプについて理解することができると考える.
いずれにしても,本書を読み進めていただければ,リハビリテーション専門職が用いる各種治療や練習は,脳の中の身体地図を生物学的に変化させる手続きになるということを理解することができるであろう.そして,本書がそのような変化を促進させるためには,どのような病期に,どのような課題を与え,どのような難易度にて実践すべきかを考える一助となることができれば著者として幸いである.
目次
【第1部】
第1章 脳の中の身体地図と神経可塑性
1.1 脳の中の身体地図
1.2 体性感覚の身体部位再現の特徴
1.3 体性感覚の階層処理機構
1.4 身体両側からの感覚刺激の統合
1.5 体性感覚の可塑的変化機構
1.6 一次運動野の身体部位再現の特徴
1.7 身体運動を担う一次運動野のニューロン特性
1.8 一次運動野の可塑的変化機構
1.9 脳の中の身体地図の再編成
1.10 豊かな環境および能動的探索と神経可塑性
第2章 脳卒中後の運動機能回復の神経メカニズム
2.1 脳の修復とは
2.2 脳の修復における局所的変化のメカニズム
2.3 脳の修復における中枢神経系の再組織化
2.4 グリア細胞とシナプス形成の役割
2.5 環境および経験依存に基づく神経可塑性
2.6 投射線維から考える運動機能回復
2.7 交連線維から考える運動機能回復
2.8 連合線維から考える運動機能回復
第3章 運動制御に関わる空間認知と身体イメージの生成プロセス
3.1 視覚情報処理経路における形態と空間の認知システム
3.2 空間情報処理に基づいた手の運動制御システム
3.3 頭頂葉病変に基づく行為の障害の特徴
3.4 身体を扱う用語の整理
3.5 身体図式と身体イメージ
3.6 身体イメージの延長
3.7 身体所有感とは
3.8 身体所有感の階層性
3.9 神経科学から考える身体イメージ障害の特徴
第4章 運動主体感・運動意図の生成プロセスと運動イメージ
4.1 運動主体感およびその生成に関わる責任領域
4.2 運動錯覚経験を生み出す脳機能
4.3 視覚的運動錯覚の生起とそれに関わる脳機能
4.4 運動主体感とは何者なのか?
4.5 運動イメージとは?
4.6 運動イメージの神経基盤
4.7 運動イメージに影響する因子
4.8 運動観察の神経基盤および臨床介入
4.9 運動イメージに関する臨床研究
第5章 運動学習の神経メカニズムとそのストラテジー
5.1 運動学習とは
5.2 運動シークエンスの組織化ならびに運動学習の様式
5.3 運動スキル課題における脳活動の特徴
5.4 運動学習における脳の再組織化プロセス
5.5 強化学習システム
5.6 誤差学習システム
5.7 運動の内部モデルとは何か
5.8 認知機能を活かした学習システム;イメージ・ワーキングメモリ
【第2部】
第6章 脳・神経科学に基づいた脳卒中リハビリテーション
6.1 ニューロリハビリテーションとは
6.2 急性期から回復期における基本的戦略
6.3 回復期から維持期における基本的戦略
6.4 維持期における基本的戦略
第7章 脳・神経科学に基づいた疼痛リハビリテーション
7.1 痛みに関する複数の側面
7.2 痛みに関連する脳領域
7.3 慢性痛の神経プロセス
7.4 下行性疼痛抑制
7.5 痛みの情動的側面における神経科学的解釈
7.6 痛みの情動的側面に対するリハビリテーション戦略
7.7 痛みの社会的側面に対するリハビリテーション戦略
7.8 痛みの認知的側面における神経科学的解釈
7.9 痛みの認知的側面に対するリハビリテーション戦略
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書籍情報
- ISBN:9784763995575
- ページ数:244頁
- 書籍発行日:2016年5月
- 電子版発売日:2024年5月17日
- 判:A5判
- 種別:eBook版 → 詳細はこちら
- 同時利用可能端末数:3
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