はじめに
ここ何年もの間,新聞やテレビでは「がんにならない生活習慣」「がん検診を受けよう!」などの記事から,がんをカミングアウトした著名人のニュースまで,毎日必ずと言っていいほど「がん」に関わる話題が取り上げられています。もはや「がん」は「特別な病気」ではありません。
実際,社会の高齢化が進む現在,わが国では2 人に1 人が「がん」に罹り,3 人に1 人が「がん」で生涯を閉じられています。ほんの一世代前までは,「がん=死」であり,患者さんに病名告知が行われることはありませんでしたが,現在「がん≠死」となり,がん治療を受ける全患者に病名告知が行われております。まさに隔世の感があります。とは言え,「がん」が依然として手ごわい病気であることに今も変わりはありません。こんな状況の中だがらこそ,私たちは「がん」に向き合わなければなりません。そしてそのために,私たちはみな「がん」を理解する必要があります。すでに全国の小・中学校および高校では「がん教育」も行われるようになりました。
一方,近年がん治療の研究はかつてないスピードで進歩し,新しい薬や治療法の形となって臨床現場に続々と登場してきています。同時に,患者さん本位の医療を重要視する考え方も確立されてきました。以前なら長期の入院を余儀なくされた治療も今では通院で行われ,「がん」を抱えながら仕事を続けたり,家事をしたりと,健康な人とあまり変わらない生活も営めるようになりました。「がん」を受け入れて自らの人生を豊かに送る時代となったのです。古代ギリシャの哲学者ソクラテスの「なによりも大切にすべきは,ただ生きることではなく,より良く生きること」という言葉がいよいよ現実となってきました。がんを理解して,がんと向かい合って,そしてがんを受け入れることに対して「医療」は惜しみない支援を続けていきます。
あなたやあなたの大切な方が受けられるがん医療を「最善の医療」とするためには,患者さん自身,ご家族,そして医療者が一丸となった「共同作業」が必要不可欠です。その共同作業に必要な「患者力」を高めて頂く一助になればと思い,本書を書きました。
たくさんのつらさを抱えても,笑顔になれます。私が医師になり,がん医療に携わって30 年が過ぎましたが,その間ずっと,患者さんやそのご家族と悲しんだり,泣いたり,時には怒ったり,でも喜んだり,そして笑ったりしながら一緒に医療を作り上げてきました。医療は,患者さんが受けるものばかりではありません。私たち医療者も,患者さんやご家族から多くの大事なことを教わり,いつも力づけられています。例えがんを抱えている現実が変わらなくても互いにより良い関係性を築くことができ,それが少しでもみなさんの幸せにつながればと願ってやみません。
ところで,本書を読まれるにあたり,ひとつだけお断りしておきたいことがあります。この本の内容は,医師の立場で「本当のこと」を包み隠さず記しました。ですから,読まれる方によっては,かなり厳しいと感じられる部分もあるでしょう。でも,現実に向かい合って,受け入れて,そして乗り越えていかれることを私たち医療者は信じているんです。どうかお汲み取り下さい。
本書は,胃がんと大腸がんが中心の解説書です。しかし,その内容のほとんどはすべてのがんに通じるものになっております。どうぞ,お手に取って興味のある頁から開いてお読み下さい。
2019年2月
弘前大学大学院医学研究科腫瘍内科学講座
佐藤 温