医学部で教えられてきた診断法は,
①詳細な問診,
②全身の身体所見をとる,
③プロブレムリストの作成,
④鑑別診断の展開,
⑤検査のオーダー,
⑥鑑別診断の絞り込み
ですが,多くの臨床現場では誰もこんなことをしていません.皮膚科医は皮疹を見ただけで即座に正確な診断をつけます.鑑別診断を聞くと,「ない.だって,ジベルばら色粃糠疹に決まっているじゃないか...」と言われます.救急医は救急隊からの「パチンコ屋で意識障害」という報告を聞くだけで,「てんかん発作だな...」と診断してしまうのです.どうしてこんなことができるのでしょうか.
その秘密は「パターン認識」です.皮膚科医は,小紅斑の中心に落屑があり皮膚のしわに沿ったクリスマスツリー様の分布→ジベルばら色粃糠疹,救急医はパチンコ屋では光と音→てんかん発作の誘発と「パターン認識」ができています.ベテラン医師(専門医)はパターン認識を多用し迅速診断しています.研修医(非専門医)はパターン認識ができないため,鑑別診断がやたら多い仮説演繹法(年齢,症状・所見により可能性の高い疾患を想起しながら鑑別診断リストを作っていく)を用います.その結果,無駄な検査が多くなり,偽陽性の検査結果に戸惑い診断がわからなくなってしまうのです.
「よくわからんな,この病気は...」と皆で悩んでいるとき,たまたま救急室にやってきた指導医から「この病歴でこの身体所見だったら,○○○だよね」と言われ,たちどころに診断がつくことがあります.本書は若手医師のパターン認識(本書ではSnap Diagnosisと呼びます)を徹底的に鍛えることを目的としています.皆さんがワクワクするような「一発診断クイズ」をたくさん用意しました.仮説演繹法とSnap Diagnosisは相補的な関係にあり,両方ができなければ診断能力が高い医師にはなれません.すなわち,Snap Diagnosisを「不明熱」や「急性腹症」という鑑別の難しい診断に使うと,思わぬ落とし穴にはまります.しかし,Snap Diagnosisというパワフルなtoolを使えば,今まで「よくわからんな...」と目の前を通り過ぎていた患者の病名が突然わかるようになります.
本書では次のことを訴えたいと思います.
①Snap Diagnosisを用いた診断は早い!われわれ臨床医には時間がない.もっと楽して診断ができる方法があれば利用しようじゃないか.
②「病歴」+「所見」から直観的に診断に結びつける...そんな「アーティストのような医師」はかっこいい.EBMもいいけど...もう飽きた.われわれオジサン医師が自らの臨床経験を研修医に語り尊敬される.これぞプロフェッショナル!
③診断がつけば楽しい!「今日はこんな症状+所見の人が来てさ~.ははぁ...この病気だなと思って検査したらバッチリ診断できたよ」と皆に自慢できる.楽しみながら仕事をすれば,辛い仕事もあまり苦痛に感じない.
④次はどんな患者さんとの出会いがあるだろう...とワクワクしながらERで働ける.患者さんにはプロフェッショナルとして最高のものを与えることができる.
⑤パターン認識という「引き出し」をたくさん持てば,無駄な検査がなくなり患者さんも院長も喜ぶ.
症例は実際のERさながらにat randomに提示されます.ERマガジン「Snap Diagnosisを生かせ!」(2008年)と「ひらめき診断術 キーワードを探せ 痛み編」(2009年~2010年)で発表された症例を厳選し,佐藤泰吾先生に新たに症例を追加執筆していただきました.ダ・ヴィンチの言葉「単純であることは究極の洗練である」のように,単純な症例プレゼンテーションから大切な診断をズバリ言い当ててください.診断の難易度は次のようになっています.
レベル
A: 「研修医の先生,みんな知っててね」
B:★ 「他の研修医にちょっと差をつけよう」
C:★★ 「後期研修医の先生!初期研修医に自慢してみて」
D:★★★ 「研修医は勉強しちゃだめ!指導医の先生どうぞ」
美術書のように美しいこの本の出版を実現していただいたシービーアール 三輪敏社長,長沢慎吾さん,名古屋医療センター 深田絵美さんに心からお礼申し上げます.
2012年 1月
藤田保健衛生大学総合救急内科
山中 克郎