『New Simple Step 耳鼻咽喉科』刊行にあたって

人類は約800万年前にチンパンジーの共通祖先から種分化して進化してきました。猿人，原人，旧人そして最後に現れたのが我々ホモ・サピエンスです。およそ20万年前といわれています。人類がいま地球上に生き続けることができたのは数々の困難に打ち勝つことができたからです。恐ろしい捕食者から逃れる術を身につけただけでなく，体に侵入してくる細菌やウイルスなどの微生物に打ち勝つことができたからです。これらの微生物の主たる侵入路は鼻であり口です。人類誕生以来，いやそれ以前から目に見えない侵入者からの攻撃の最初の防波堤として頑張ったのが鼻と口なのです。鼻と口は耳鼻咽喉科が守備範囲とする臓器です。色々の病原微生物が発見され出したのはまだ100年くらい前のことです。病原微生物の発見が医療にもたらした功績は計りしれません。100年前の耳鼻咽喉科は病原微生物から体を守るためにいかに健康な鼻と口腔・咽頭を保持するかに主力をおいていました。すなわち感染症と戦う科だったのです。種々の細菌に対する抗生物質が開発され，余裕ができて聴覚分野や頭頸部癌分野などに守備範囲を広げて現在に至っています。

2020年より新型コロナウイルスの大流行で地球は大パニックに陥りました。まだ収束の目途も立っていません。実はウイルスに対する防御はまだまだだったのです。感染症は制御できないと一度に大量の犠牲者が出ます。100年前のスペイン風邪では世界中で2年間に5億人が感染し，5千万人～1億人が死亡したといわれています。当時の世界人口の実に4分の1が感染したことになります。制御できないと感染症は他の疾患とは比べものにならない悲劇を生みます。新型コロナウイルスの流行はこれからどうなるか予断を許しません。ワクチンの開発やウイルスに著功を示す薬の開発が待たれるわけですが，いずれにしても最初にやって来るのは耳鼻咽喉科の外来です。100年前の耳鼻咽喉科に立ち戻って感染症に立ち向かう役割が再度問われているように思います。医学生の諸君はいつの時代でも耳鼻咽喉科は最前線で活躍できる幅の広い守備範囲をもっていることにお気づきいただけたと思います。

今回は出版社が総合医学社に変更したことを機に改訂し，できるだけ最新の興味深い内容も盛り込みました。内容の充実さにおいては耳鼻咽喉科専門医レベルに近いと思っています。本書を通じて少しでも耳鼻咽喉科に興味をもてていただけたら，それは望外の喜びです。

2020年10月吉日

渡辺　建介