がん患者さん，そのご家族の方に，治療前，治療中，治療終了後にわたり，少しでも笑顔が増えるためには，医師として，歯科医師として何ができるかをずっと考えてきた．

がん治療において，治療のみならず支持療法がとても重要であることは周知のとおりである．患者さんの身体状況と気持ちを汲み取りながらサポートする難しさを常日頃感じている．

私の母はすい臓がんで亡くなった．初めて患者の家族という立場になってみて感じたことはたくさんあり，それが現在の日常臨床に生かされている．患者である母が笑うと嬉しいし，病勢の進行で横になる時間が長い母を看るのがつらくなり，仕事が手につかないこともあった．

抗がん薬の副作用で，味覚障害や口腔粘膜炎で食事ができないという訴えに対し，料理教室に通おうと思い詰めたこともあった．幸いにも，通院先の病院の看護師，栄養士が，食事のレシピを渡しつつ，料理方法を指導してくれた．母と一緒に台所に立ち，料理したことは，今でも私の大きな思い出と支えになっている．後日知ったことではあるが，外来で抗がん薬治療をしている母の有害事象をいち早く拾い上げてくれた外来通院センターの看護師が，関係各部署に連絡してくださったからと聞いた．母の闘病生活中は，余裕が全くなかったが，今思うとたくさんの方に支えていただいたことを実感し，感謝の念に堪えない．

近年，がん治療は急速に進歩を遂げている．がん患者の5 年相対生存率も改善しており，がん治療中だけではなく，がん治療後の生活に関しても細かく気を配る必要が出てきた．

手術，放射線治療，薬物療法，緩和ケアにかかわらず，がん治療を安全に行うには，治療開始前，治療中，治療終了後と継続した口腔管理が必要である．医療従事者が適切な口腔管理方法を熟知しておくこと，患者さんおよびご家族自身にも口腔管理の意義を理解いただき，セルフケアができるようにすることが望ましい．

本書では，医師，歯科医師，薬剤師，歯科衛生士，栄養士が中心となって，がん治療の口腔管理について専門性を生かした実践できる内容を執筆いただいた．実践できる，というのが今回のポイントであり，動画や図表を多数使用し，誰もが取り組みやすくわかりやすい内容になるよう心掛けた．

私の夢の一つに，がん治療前，治療中，治療終了後も継続した口腔管理を，すべてのがん患者さんに提供できるようにすることがある．今回は多くの方々に協力いただき，がん患者の口腔管理について1 冊の本にすることができた．本当にありがとうございます．

がんを有する方，そのご家族の方に，適切かつ十分な支持療法，口腔管理で，笑顔が増えますように．

2020 年2 月

宮城県立がんセンター頭頸部内科　診療科長
山﨑知子