序
創傷治癒は「傷を治す」という単純な事象ですが,実に奥深い分野です。実際の臨床でも,熱傷,外傷などの急性創傷から,糖尿病性潰瘍,褥瘡,放射線潰瘍などの慢性創傷まで幅広い創傷があり,創傷を治すには,それぞれの創傷を観察し,原因を評価したうえで,感染,異物,外力,血流障害,炎症などを適切に制御する必要があります。近年,再生医療,細胞治療が注目されますが,創傷治癒分野では,1980 年代に細胞治療である自家培養表皮,1990 年代には足場である人工真皮,2000 年代には細胞成長因子など,再生医療に必要な画期的治療が他臓器に先駆けて実用化されてきました。その後,「wound bed preparation」の概念が確立し,適切なデブリードマンを行う機器や薬剤,物理刺激を応用した局所陰圧閉鎖療法,遺伝子治療,羊膜など生体材料,抗菌性やバイオフィルムを除去する機能をもった創傷被覆材など,続々と新規技術が導入されています。
本書では,最初に創傷治療の最近の動向を市岡 滋先生に,次に,近い将来わが国に導入が期待される細胞製剤,生体材料などについて松村 一先生に解説していただきました。そして,2018 年4 月に承認された,塩基性線維芽細胞増殖因子を保持(吸着)し,分解とともに放出(徐放:ゆっくりと放出する)機能を付加した新規人工真皮ペルナック G プラスⓇの構造,機能から実際の使用方法までを解説し,最後に,櫻井 敦先生,新行内 芳明先生,松峯 元先生から実際の症例を提示していただきました。細胞成長因子を徐放する人工真皮は,新しい概念の医療機器であり,高価な細胞製剤や生体由来材料を超える強力な肉芽形成効果をもち,創傷治療の強力なツールになると確信しております。
本書が,日々苦労する創傷治療の一助になれば幸いです。最後になりますが,本書の企画をしていただいたメディカルレビュー社の松田志帆様に感謝いたします。
2019年12月
森本 尚樹
京都大学大学院医学研究科形成外科学 教授