第2版 序
八戸の救急講演会後の懇親会で救急救命士たちに声を掛けられた.長年,救急救命東京研修所で整形外科の講義をしてきたのであるが,彼らは7,8 年前に講義を受けその内容をいまだに覚えていると言うのである.そんなに前のわずか4時間の講義をなぜ覚えているのか尋ねたところ,強烈なインパクトの講義だったからと言われてとても嬉しかった.
そのとき,わかりやすく印象に残る講義やテキストは医学知識の定着に非常に効果的なのだなあとつくづく思った.救急はプレホスピタルの救急隊に始まり医師,看護師に引き継がれる.救急隊員,医師,看護師が高度の医学知識を共有し同じベクトルで動いてこそ,より高い患者救命率につながる.2004年にこの初版は出版されたが,幸い医学書には珍しいロングセラーとなり,医師だけでなくコメディカルの方々にも読まれた.
JPTEC,JATEC は現在,外傷初期診療のスタンダードであるが,その歴史は知られていない.1980 年,米国で外傷初期診療手順のBasic Trauma Life Support(BTLS),Advanced Trauma Life Support(ATLS)が米国外科医学会により開発され,これは2000 年頃,箕輪良行氏,林寛之氏,今明秀氏らにより国内に紹介され,彼らにより精力的にコースが開かれ,衝撃をもって迎えられた.さらにこれは国内でJPTEC,JATEC に発展し,今や外傷初期診療のスタンダードとなった.一方,2020年にはBLS,ACLS も新たに改訂された.今回,本書ではこれらの最新情報を盛り込んだ.
外傷時の輸液もこの10年で激変した.この端緒となったのはZhang Q, et al:Circulating mitochondrial DAMPs cause inflammatory responses to injury. Nature, 2010 Mar 4;464(7285):104—107 の衝撃的な論文である.外傷時,細胞内のミトコンドリア破壊産物(DAMPs)は血中にでた途端,ヒトはTLR(Toll—like receptor)等により,これを異物と認識し多核白血球による自然免疫が惹起され激しい炎症が起こる.なぜならミトコンドリアは20億年前,細胞に取り込まれたバクテリアであるからだ.外傷に大量輸液を行うとDAMPsは全身にばらまかれて炎症,凝固障害を起こす.この論文が出現したときから外傷時の輸液の概念は一変し輸液制限,トランサミン投与が行われるようになった.すでに2015年のパリ同時多発テロでは救急隊員によりトランサミン投与,輸液制限が行われている.しかし,国内では10年以上経過した今もこれは日本の医師の常識となっておらず,外傷時,旧来の大量輸液がされることが多い.
また2011年,東日本大震災を経験した私たちは数多くの貴重な医療的教訓を得た.これを次世代に継承していくことは今に生きる私たちの責務であると思う.
この第2版では,①災害時の医療対処,②最新のBLS,ACLS,JPTEC,JATEC,③日常的整形疾患,以上の3つを柱とした.外傷に対処する最新知識と,診療所で必須の整形外科的疾患をまとめた.これらで武装し自信を持って救急,日常診療に対処していただきたい.
2021年7月
仲田 和正