序文
国際蘇生連絡委員会(ILCOR)は「心肺蘇生に関わる科学的根拠と治療勧告コンセンサス(CoSTR)」を2005年に初めて発表し、以後5年毎に改訂してきました。この世界共通のCoSTRに基づいて、国や地域がそれぞれの事情に合わせてもっとも効果的なガイドラインを作成することになっています。2017年からはILCORはCoSTRの改訂を5年毎に行う方針を変更し、部分的なアップデートを毎年行うようにしました。これに合わせて、アメリカ心臓協会では毎年ガイドラインの改訂を行うことになりましたが、ヨーロッパ蘇生協議会と日本蘇生協議会(JRC)では、頻繁に改訂がなされると現場におけるガイドラインの定着と実践を妨げる恐れがあると考え、これまで通り5年毎に、その間のアップデートをまとめてガイドラインの全面改訂を行う方針となりました。JRCでのガイドラインの策定時期については、当初2020年10月の2020年CoSTRアップデートの発表に合わせる予定でしたが、同年の年初から新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威をふるい、多くの編集委員がガイドライン策定作業にあたることが困難な状況となったため時期が延期となり、2021年3月末に「JRC蘇生ガイドライン2020」としてウェブサイトに公表されました。その後に寄せられたパブリックコメントを整理して、6月末に確定版が書籍として出版されました。
日本蘇生協議会(JRC)はILCORへの窓口となることを目的として、2001年に日本救急医療財団心肺蘇生法委員会から独立して設立された組織です。JRCは2006年にアジア蘇生協議会の一員としてILCORに加盟し、これまで関連各学会の協力を得て「JRC蘇生ガイドライン2010」および「JRC蘇生ガイドライン2015」を策定してきました。今回出版された「JRC蘇生ガイドライン2020」は、2020年までの最新のCoSTRに基づいています。
市民による応急手当および一次救命処置の標準テキストである「救急蘇生法の指針」は、1993年に日本医師会救急蘇生法教育検討委員会から初版が上梓されました。主に市民を対象に行われる救急蘇生法の教育は、この指針に準拠することが求められています。そして、各種団体が応急手当および一次救命処置の研修コースを行うさいの学習テキストや実習内容も、この指針に沿って作成され実施されます。
2001年には日本医師会の了解のもとで日本救急医療財団心肺蘇生法委員会が構成機関の協力を得て「救急蘇生法の指針」の改訂を行うことになり、JRC蘇生ガイドラインの策定後はそれに合わせた改訂を行ってきました。今回の「改訂6版 救急蘇生法の指針2020(市民用)」および「改訂6版 救急蘇生法の指針2020(市民用・解説編)」は「JRC蘇生ガイドライン2020」に準拠し、市民用のテキストとして編集された最新のテキストです。
今回の改訂では、前回に続き、すべての心停止傷病者に質の高い胸骨圧迫が行われることをもっとも重視しました。そのために、傷病者に反応がない場合だけでなく、反応の有無の判断に迷う場合にも、119番通報とAEDの要請を行うように改訂しました。また、これまでと同様に、普段どおりの呼吸があるか判断に迷うときは、ただちに胸骨圧迫から心肺蘇生を開始することを強調しています。講習を受けて人工呼吸の技術を身につけていて、人工呼吸を行う意思がある場合には、胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせることとしました。
一方で、新型コロナウイルス感染症が流行している状況下では、すべての心停止傷病者に感染の疑いがあるものとして救命処置を行う必要があります。救助者への感染を防ぐために、成人の心停止に対しては人工呼吸を行わない手順を示しました。
救急蘇生法の学習は、自分の大切な家族、友人、そして隣人の命を守りたいという人間的な愛の表現であり、市民の義務の1つと考えます。救急蘇生法の学習を通して市民がお互いに「命を慈しみ合う」安心で安全で温かな社会が醸成されることを、強く願っています。
本指針の編集委員会および心肺蘇生法委員会委員の皆様に心から感謝を申し上げるとともに、本指針の普及により心停止にみまわれた傷病者の方々が、一人でも多く社会復帰できることを祈ります。
日本救急医療財団心肺蘇生法委員会
改訂6版 救急蘇生法の指針2020(市民用・解説編)編集委員会
委員長 坂本 哲也