特集にあたって

氏家　良人

集中治療では治療やケアについて臨床倫理的問題に遭遇することが少なくない。そのなかでも，終末期に陥った患者の治療中止やエンドオブライフケアへの移行の判断は避けては通れない。同様に，悪性疾患，慢性心不全，COPD など不可逆的で進行性病態を有し，末期状態である患者に対する集中治療の是非の判断も悩ましい問題である。

一方，容易に救命が可能な病態であるにもかかわらず，治療を拒否する患者・家族もいる。宗教的な理由による輸血拒否などの場合もあるが，気管挿管，血液浄化などの侵襲的治療を拒否する患者や家族も少なからずいる。このような患者・家族の自己決定は医療者としては受け入れがたい場合がある。

認知症や障害を有する高齢者などに対して医療者や介護者によるDNAR 取得とそれに伴う集中治療の制限も問題になっている。アドバンス・ケア・プラニング（ACP）の広がりがこれらを解決する一助になるのかどうかはわからないが，人の意思は状況により変わりうるものであり，集中治療の現場でもACP にかかわる必要性があるといわれている。

最近のCOVID-19 では2 類感染症にもかかわらず入院させることができず，また，重症でも受け入れの制限や治療のトリアージを行わなければならない危険性もあった。

上記のように，少し考えただけでも臨床現場では判断に悩むさまざまな倫理的問題をあげることができる。一方で，医療者が臨床倫理に関して学習する機会が最近まで非常に少なく，倫理判断は年長の医療者や病院の倫理委員会が判断することと思っている医療者もいた。その判断は，一方的に家族に決めさせるものでもなく，基本的には目の前の患者と家族に接している現場の医療者チームが患者・家族と一緒に解決するものである。集中治療に従事する医療者は，われわれが救命のための技術や知識を学んだように，臨床倫理における問題解決のための原則，方策，方法などを修得する必要がある。

倫理は法に比べ強制力のない社会規範のひとつであるが，臨床現場は複雑で割り切れない状況があり，法での解決になじまない状況がしばしばある。臨床倫理は医療者―患者・家族間，また，医療者間において，治療内容，治療の開始・中止などに関して意見の相違があるとき，また，倫理的葛藤，違和感を感じたとき，それらを解決するための重要なツールである。

本特集が集中治療に関与する医療者が臨床倫理を学ぶきっかけになると幸いである。

函館市事業管理者病院局長（〒041-8680 函館市港町1-10-1）/ 岡山大学名誉教授
ICU とCCU 45（2）：83，2021