序文

前立腺癌の診断・治療戦略は多様化しており，オーダーメイド化の方向で進化しています。癌の正確な診断と適切な治療により，早期癌であれば根治性，転移癌・去勢抵抗性前立腺癌であれば生命予後の延長を目指しますが，診断治療介入にあたり，合併症・副作用によるQOL 障害対策を十分に行うことは必須です。前立腺癌の診断から早期癌に対する根治療法，進行癌に対する薬物療法，放射線内照射療法，骨修飾薬までほぼ全ての前立腺癌診療の合併症，副作用対策をカバーできる特集を企画しました。本邦における，各診断・治療領域の第一人者の先生方に，12 項目の診断・治療領域に関して，論文レビューと実臨床での多数症例の経験に基づいた合併症・副作用に対するマネージメントの重要なポイントをまとめていただきました。

前立腺生検は最も泌尿器科で実施する件数の多い侵襲的検査であり，主な合併症である感染症，出血，排尿障害の疫学と対策についてのレビューとともに，時に経験する重症例に対する多職種マネージメント体制について，アルゴリズムを含め解説いただきました。前立腺癌検診・診断・治療介入のデメリットである過剰治療回避のために非常に重要な治療戦略である監視療法は，適切な適応症例の選別とマネージメントが欠かせませんが，監視療法患者のメンタルヘルスと複数回生検による合併症についての理解が同等に重要です。時に医療関連記事で，監視療法中のメンタルヘルスが非常に悪化している症例の提示があり問題視されていますが，多数の重要な研究のレビューにより，かなり良好な状態で維持されることを明確にお示しいただきました。早期癌に対する侵襲的治療戦略である手術と放射線療法に関しては，主な合併症とその予防・対策について解説いただきました。手術はロボット支援前立腺全摘除術について，解剖学的な理解に裏打ちされた術中・術後の適切な勃起障害・尿失禁に対するステップアップマネージメントについて教えていただきました。手術療法後にQOL を非常に低下させてしまう重症尿失禁に対する人工尿道括約筋植込術については，手術適応，インフォームドコンセントの要点，合併症低減のための術前・術中・術後の管理と対応について，豊富な経験に基づき解説をしていただきました。

放射線治療は，高度な最先端治療ができる施設は依然として限られており，前立腺癌診療に関わる泌尿器科医の中でも，実際に治療に携わりそのメリット・合併症について深く理解している専門医は一部です。そのため，少なくとも手術と同等の根治性が期待できる照射線治療について，外照射（X 線・粒子線），内照射（LDR・HDR）の特徴的な合併症の頻度・程度・発現時期と適切なマネージメントについて熟知し，治療方針決定の際に情報提供を行うことが必要です。放射線治療全般とLDR について，QOL を低下させる尿路・直腸有害事象とその対策について，明日からの臨床でのインフォームドコンセントのレベルアップに繋がるレビューをしていただきました。

進行癌に対する治療の副作用対策は，初期ホルモン療法は，一般的に治療期間が長期間にわたることから，重篤な副作用は少ないものの，自他覚症状として出る副作用は多様で，時に適切な治療継続が困難になることもあり，対策は非常に重要です。副作用全般のマネージメントを概説いただくとともに，外来で訴えの多いホットフラッシュについては別項目を設けて，それぞれ最善な対策を解説いただきました。高リスク転移癌，去勢抵抗性前立腺癌に対する強力なホルモン療法，抗癌剤治療は，全生存率を延長させることが明らかになり，臨床で逐次治療が頻繁に行われていますが，効果と同時に重篤な副作用を引き起こす可能性があります。実生存年延長だけでなく，質調整生存年延長が，われわれ専門医に課せられた非常に重要なミッションであり，適切な副作用対策は欠かせません。また，臨床使用経験が少ない泌尿器科医も多い内照射療法については，注意すべき併用薬とその骨折誘発のメカニズムについて詳細に解説いただき，実臨床での最善のマネージメントについて提案いただきました。最後に，長期ホルモン療法中bonehealth 維持には欠かせない骨修飾薬については，時に生命に関わる緊急対応が必要な副作用，長期使用によるQOL を非常に低下させる顎骨壊死の副作用対策は必須ですが，予防策を含めて実臨床で対応について網羅していただきました。

今回は，長期間にわたる前立腺癌診療において，QOL 改善・維持に欠かせない合併症・副作用のマネージメントに特化した特集を企画させていただきました。12 項目にわたり，各先生にほぼ全てのマネージメントについて実践的な解説をいただきました。是非とも，多様化する前立腺癌診療において，合併症・副作用対策のバイブルとしてご活用いただければ幸甚です。

伊藤　一人
医療法人社団美心会黒沢病院