賛否両論の病気 こころとからだのはざまで

  • ページ数 : 240頁
  • 書籍発行日 : 2024年4月
  • 電子版発売日 : 2024年4月4日
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商品情報

内容

誰も教えてくれなかった“contested diseases”

「検査所見に異常はみられない」「自覚症状が非常に強い」「心理的な要因の関与が考えられる」といった疾患を目の前にしたとき,一方では「精神疾患であることの証明はない」「患者は身体疾患と考えている」「身体疾患を示唆する診断名も用意されている」とも考えられる余地があるのかもしれない.このように身体疾患と精神疾患のはざまでは,医学界の中で疾患単位やコンセンサスが十分に形成されていないものも少なくない.これらの曖昧な概念に対する解決策は未来に委ねられるが,その議論の萌芽は,我々が賛否両論の病気(contested diseases)を認識することから始まるのかもしれない.

序文

まえがき


持続性の痛みが主な症状であるが,「身体には異常所見がない.心理的要因の関与が強いのではないか」と整形外科医が考えて,診療依頼された30歳代の女性患者さんを診療していたことがある.複雑な生活史をもち,四肢や体幹の痛み以外に時に不安感や抑うつ感を呈することもあった.社会適応も不良で,短期間のパートタイムの仕事を繰り返していた.筆者は「痛みが心理的な原因で起こっているかどうかはわからないが,精神面の不安定さがあるのは間違いないから,そのあたりから一緒に考えていきましょう」と説明して,現実の生活で困った点を治療でとりあげ,必要によっては抗不安剤や抗うつ剤を少量用いて,治療をはじめた.精神科の治療開始約1年後,痛みや精神面の不安定さはやや改善したが,「あちこちのホームページをみていたら,自分は線維筋痛症という病気にぴったり当てはまると思った.ホームページで紹介されている病院に行ったら,線維筋痛症に間違いないと言われ,薬を処方されたので,しばらく精神科治療は止めてそちらの病院に通ってみる」との話があった.そのまま約1年,通院は途絶えていたが,「線維筋痛症と診断された病院で,いろいろな薬をたくさん処方され,マッサージなども受けたが良くならない.2週間前に担当医から『あなたの状態は心理的な原因の強い痛みであり,線維筋痛症とはいえない.以前の精神科でもう一度治療してもらいなさい』と言われた.もうあの病院には行きたくない」と再び来院した.

精神科で再び治療を開始したが「心理的な問題が本当に関係しているのか.線維筋痛症というのが誤診とすれば,医療費や公的支援なども変わってくるのか.あの線維筋痛症と診断した医師のせいで,治療が1年間無駄になった.」などと繰り返し,私の最初の治療開始時よりもかえってスタ−トラインを下げて,治療を始めることになったような印象であった.このことがきっかけで2007年に「精神科治療学(星和書店,Vol.22,No.7)」という雑誌で,担当編集委員として「精神科疾患との関係が問題となる身体科病名」と題して,類似の診療依頼を受けたことのある疾患をとりあげた.慢性疲労症候群,線維筋痛症,脳脊髄液減少症,機能性ディスペプシアなどであり,その特徴として,「1 診断名は身体疾患を示唆する言葉である.2 診断のよりどころは主に自覚症状であり,検査所見が役立つとされることもあるが, 広く認められた所見があるとは言いがたい,3 検査所見の異常が過大に評価されたり,検査所見とは関係の乏しい自覚症状が強調されたりすることがある.4 疲労感,不眠,抑うつなどの自覚症状を有することが多い,5 薬物療法を含めて身体に対して過剰と思われる治療がなされることがあり,時に医原性に病状が修飾されている,6 医療化や疾患喧伝(disease mongering)との関係で論じられることもある,7 医療社会学などで言われるcontested illnessと共通する病態が多い」をあげた.

それ以後ずっと気になっていた contested illness とそれに含まれる可能性のある疾患を,近年の議論を含めてあらためてとりあげたのが本書である.Contested illnessの日本語訳については齊尾が紹介するように「論争中の病」,「疑義の呈された病」,「認められぬ病」,「論争されている病」などが主に医療社会学の領域から提唱されているが,本書では最も内容を表していると考えて「賛否両論の病気」とした.本書でとりあげた疾患は概ね以下の3群に分かれるが,contested illnessの典型のように言われるのは(1)の病態である.(1)特異的な身体所見が乏しく,疾患自体の存在にさまざまな議論がある病態(2) 中核には確かな身体疾患あるいは病態があると一般に認められているが,経過中にその疾患名では説明しきれない症状が目立ってくる病態(3)疾患名自体に確かな身体所見がないという意味が含まれる病態本来執筆も賛否両方の立場の方にお願いすべきであるが,否の方で書いてくださる方も少ないため,読者にはそのような前提を頭において読んでいただきたいと思う.

本書がこのように甲論乙駁あって医師間の見解が分かれるような複雑な病態の治療に少しでも役立つことを願う.結論は容易には出ないし,急いで出すべきでもない.日々臨床で我々個々の医師がこの不思議な病気に関心を持ち続け,粘り強く取り組むことが大切である.それは臨床医にはネガティヴ・ケイパビリティ,すなわち,問題を性急に解決しようとせず,しばらく寝かせておく,あるいは,事態をやり過ごしながら経過をみるという知恵が必要なことと同じである.ひとまず,「賛否両論の病気は面白い.それは診療に奥行と幅を持たせる.医師が一生涯かけて取り組むだけの価値のあることだ.」と思っていただければ,望外の幸せである.


2024年3月

宮岡 等

目次

I.総論

1 火中の栗を拾う─“contested illness”とは何か 齊尾 武郎

はじめに─医療不信から

“Contested illness”とは

不定愁訴─MUS,FSS,BDSを巡って

不易の心身と医学の進歩─社会的に構成される医学知識

“Contested illness”理解のための補助線─「病気」を巡る語彙

おわりに─賢しらな人間,あるいは人智の限界から

2 リエゾン精神医療の立場から 宮岡 等

はじめに

リエゾン精神医療

リエゾン精神医療におけるcontested illnesses

Contested illnessが生まれる背景について

おわりに

II.疾患

1 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候

全身性労作不耐症 吉原 一文

はじめに

CFSの診断基準,特徴および症状

CFSにおける身体的要因の関与

CFSにおける心理社会的要因の関与

身体的要因と心理社会的要因の相互作用

CFSと身体表現性障害との鑑別

CFS患者の評価

CFS患者の治療

おわりに

2 線維筋痛症 臼井 千恵 

はじめに

臨床症状

FMの併存疾患

FMの診断基準

FMの病態

FMに対する薬物療法

そのほかの治療

おわりに

3 脳脊髄液減少症/低髄液圧症候群 篠永 正道 

はじめに

そもそも脳脊髄液減少症は存在しない?

脳脊髄液減少症の理解を助けるため,身体表現性障害と診断されていた脳脊髄液減少症の少年の例を提示する

交通外傷後脳脊髄液減少症のジレンマ

脳脊髄液減少症の症状

診断

治療

診断基準

脳脊髄液減少症という疾患をどう捉えたらよいのか

脳脊髄液減少症の精神面の関与について

4 歯科領域の疾患宮地 英雄 

はじめに─口腔領域の特徴

疾患の概要─精神心理的関与

疾患としてどう捉えるか

捉え方を複雑化させる─医原性の側面について

どう対応するか

おわりに

5 機能性ディスペプシア福永 幹彦 

症状,検査所見,病理所見,転帰などからみて,身体疾

してどの程度明確になっているといえるか

精神面の関与はどの程度あると一般に考えられているか

「機能性ディスペプシア」という疾患概念はあったほうがよいのか,ない方がよいのか

6 総合診療の立場─MUS,FSS,BDSを含めて宮田 靖志 

総合診療科での典型的なMUS(medically unexplained symptoms)患者

MUSは総合診療ではコモンな病態であるが,対応が難しい

MUSおよび関連する診断名の複雑さのために総合診療医は混乱する

総合診療医によりMUS診断には幅がある─本当に器質的疾患はないのか,“偽MUS”ではないのか

MUSに心理社会面,精神面はどの程度関与しているのか

総合診療領域ではMUSへはどのような対応が推奨されているか─WONCAによる推奨

MUS患者に自身の症状に対する理解を促すための努力をすべきである

医療の不確実性に対処する

総合診療医である筆者によるMUS患者への説明

症状が改善したMUSケースから考える総合診療医としての診療姿勢

7 月経前症候群/月経前不快気分障害 大坪 天平

はじめに

PMS/PMDDの歴史と診断

PMS/PMDDの疫学

PMDD専門外来を通しての印象

PMS/PMDDの発症機序

PMS/PMDDへの対応

精神科に紹介すべき症例

おわりに

8 更年期障害 宮岡 佳子 

更年期および更年期障害とは何か

更年期の卵巣機能

更年期障害の症状

更年期の心理的要因

更年期障害の評価尺度

更年期障害と精神疾患の合併

更年期障害の治療

おわりに

9 起立性調節障害 神谷 俊介 

はじめに

起立性調節障害とは

児童精神科医からみたOD

おわりに

10 多種化学物質過敏症─シックハウス症候

関連を含めて加藤 貴彦 

はじめに

多種化学物質過敏症(MCS)の歴史と概念

多種化学物質過敏症(MCS)の疫学

多種化学物質過敏症(MCS)の発症機序

多種化学物質過敏症(MCS)の診断

多種化学物質過敏症(MCS)に必要な態度と治療のポイント

おわりに

11 複合性局所疼痛症候群(CRPSI)柴田 政彦 

はじめに

慢性の痛み

病名とは?

病名の意味

痛みの責任の所在

CRPSという疾患の存在に関する議論

CRPSという病名に関連した印象に残る症例

12 持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)と良性発作性頭位めまい症(BPPV)五島 史行 

はじめに

PPPDについて

鑑別疾患

治療と予後について

PPPDは心因性疾患なのか

BPPV(良性発作性頭位めまい症)について

症状と診断

BPPVからPPPDへ

13 緊張性頭痛と片頭痛 梁 正淵

片頭痛

緊張型頭痛

14 Long COVIDおよびコロナワクチン 齊尾 武郎

はじめに

Long COVID

コロナワクチン後遺症

15 HPVワクチン接種後に生じる多彩な症状:ISRRとHPVワクチン関連神経免疫症候群 尾張 慶子ほか

HPVワクチン接種後に生じる多彩な症状の経緯

HPVワクチン接種後にみられた多彩な症状およびその報告数と頻度の変遷

HANS─その診断基準と調査結果

ISRRの病態解釈

ISRRからみたHANS

16 その他の気になる疾患 齊尾 武郎

はじめに

機能性高体温症/心因性発熱

泌尿器学的慢性骨盤痛症候群

舌小帯短縮症

副腎疲労

おわりに

あとがき 慢性ライム病をめぐる断想

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書籍情報

  • ISBN:9784498229587
  • ページ数:240頁
  • 書籍発行日:2024年4月
  • 電子版発売日:2024年4月4日
  • 判:A5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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