「眼筋・涙器」序文
眼手術学の第3巻として,「眼筋・涙器」をお届けする.
前半は,眼筋を扱う.斜視手術は,眼科手術のなかでは,比較的安全に行うことができる手術である.しかし,最近の白内障手術では結膜や強膜を縫合することが少なくないため,白内障手術ができても斜視手術はできない,ということが起こっている.斜視手術には,結膜切開,Tenon嚢の処理,外眼筋の操作,強膜通糸,そして縫合,などさまざまな眼球表面の手術操作が必要である.眼球表面や眼窩内組織の解剖に不慣れだと,必要以上に出血させたり,眼窩脂肪を脱出させたりなどで,手術時間が長引いたり,予期せぬ術後結果をきたすことがある.そこで斜視手術を行うに当たっては,十分な解剖の理解と適切な組織の処理方法を学んでおく必要がある.
本書では,斜視手術の準備段階である診断と術式選択,実際の手術における患者体位や消毒,外眼筋の露出,通糸,縫合,術後管理や合併症の処理まで解説している.
手術器具は,施設によって異なるであろうが,先輩たちが使ってきたものをそのまま踏襲していることが多い.使いやすい器具を用いることで手術が格段にやりやすくなることがある.他の眼科手術器具にくらべると斜視の手術器具は比較的安価なものが多いため,自分にあったものをぜひ探していただきたいと思う.術式は,それぞれの症例によって異なるため,基本的な術式およびその応用手術を解説している.術後過矯正,低矯正を含む合併症についても詳しく述べている.
斜視手術は,診断および術式選択が適切に行うことができれば半分成功したようなものである.術式の項目だけでなく,診断の項目にはぜひ目をとおしていただき,自信をもって斜視手術にあたっていただきたい.
後半は涙器を扱う.涙道疾患は“失明に直結しない”,“病変部が見えない”,“眼球よりも鼻腔に近い”などの理由で多くの眼科医から敬遠されてきたのではなかろうか.しかしながら涙道疾患にも共通する主訴である流涙や眼脂の市中病院での頻度は霧視と同じ位多い.それらの大部分は涙道疾患ではないが,その鑑別診断には含める必要がある.
かつての鑑別法は病変部が見えない涙管通水検査や,病院レベルの施設しか持てなかった涙道造影などが主であったが,1999年より開発され2012年より保険収載された涙道内視鏡はクリニックレベルの施設でも病変部のみならず治療さえも低侵襲に“見える化”させた強力な機材である.すなわち涙道内視鏡使用前と後では診断法や治療法が大きく異なるようになった.しかしながら涙道内視鏡を主たる診療法の一つと認識したテキストはほとんどなく,涙道術者の指導を身近に受けることが出来る施設も未だ少ない.
そこで本書では,
1) 境界領域である涙道疾患を多角的に“見える化”するために眼科のみならず耳鼻咽喉科,形成外科および小児科の諸先生方にも執筆いただいた.
2) 涙道内視鏡出現後の涙道診療に必要な解剖生理学的知識にはじまり,必要な器材および種々の外科的治療手技までほぼすべての分野の解説やビデオを収載し,練達の涙道術者が身近にいて教えてもらえる状態に近づけるようにした.特に涙道疾患を最初に手がける際には“涙器手術に必要な基礎知識”“涙器手術に必要な評価”の項は重要かつ有益である.
もし不明な点があれば学会等で執筆者に遠慮なく質問して欲しい.きっと喜んで教えてくれるopen mindedな先生方である.本書を通して,眼筋・涙器に親近感を感じてもらい,臨床に役立つことを切に願っている.
平成26年7月
佐藤美保・佐々木次壽